スピンオフ ストーリー0〜2

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#00. 生存の旅

踏み出した足元には、まぶしくて爽やかな葉っぱがあった。 イーデンは息を深く吸い込んだ。マスクによってホコリが除かれたきれいな空気が、頭の中をスッキリさせた。

「う~」

伸びをしながら、境界線の向こうを眺めてみた。微粒子いっぱいの汚いスモッグで覆われており、向こうの世界ははっきりと見ることができなかった。 世界のほぼすべてがそんな感じだった。偶然見つけたこのキャンプの環境が特異なだけだ。

「この夢のような楽園で行きていくには、仕方がない。そうだよね?シード。」

「ワン! ワンワン!」

シードはイーデンの言葉に同意するように地面に寝そべった。感触がよかったのか、地面に背中をこすりつけながら葉っぱの匂いをかいでいる。

「ハハ。ボクもキミのように寝そべりたいな。」

イーデンはシードのお腹をなでながら、キャンプの外のひどいスモッグを見つめた。ずっとこのキャンプの中で過ごしたい。でも、キャ ンプの中には必要な物資が足りなかった。 捨てられた外の世界に行って、物資を探し求めなければならない。キャンプの中で自給自足できる日が来るまでは。

「よし!行こう!」

イーデンはマスクをつけた。そして、一歩踏み出した。

「ワン!」

シードもすぐに起き上がり、イーデンの後を追った。ヒュー! コンコン汚染された風が、ゴーグルをコンコン叩いた。マスクをしているのに、息が詰まるような気がした。

「物資をたくさん手に入れてキャンプに積んでおこ う。ボクの力でキャンプを最高の楽園にするんだ!」

ヒュー!イーデンとシードの姿はすぐに赤褐色の汚れた空気の中に埋もれた。

 

#01. 頭に気をつけて!

長い間捨てられていたスーパーの建物の前で、イー デンは拳をぎゅっと握りしめた。

「シード! 絶対に成功するんだ! 今日は最高に危ない状況だから。」

シードは、目に力を入れながら、スーパーをにらみつけた。

  • 「ワン!」
  • 「キミの責任でもあるんだよ? キミと遊んでて、食糧が尽きたことに気づかなかったんだから。」
  • 「ワン?」
  • 「とにかく、このスーパーの中から必ず食糧を見つけなくちゃいけない。ボクたちの命がかかってるんだから。」
  • 「ワン! ワンワン!」

シードが力強く吠えた。イーデンはシードの頭を軽くなで、スーパーに向かって歩き出した。

スーパーの入り口のガラスは全部割れていた。イーデンは割れたガラスの隙間から中に入った。

「わぁ、シード! このスーパー、本当にぐちゃぐちゃだ。」

スーパーの中はめちゃくちゃだった。 地震で建物の一部が崩れて、すべての陳列台が倒れた状態だ。イーデンは心配だった。こんなところに食料品は残っているのだろうか? しかし、見つけなければいけなかった。今日食べ物を調達できなかったら、明日の朝には何も食べるものがない状態だった。

「ワン!ワン!」

シードは広々としたスーパーの中を楽しく走り回っていた。楽しい散歩だと思っているようだ。

「落ち着いてよく見るんだ、シード。食べ物を見つけたらすぐ教えてね。」

イーデンの声がスーパーの中でやまびこのようにこだまし、シードの返事も和音のように響いた。

「ワ〜ン!」

古い建物でもないのに、天井のあちこちが崩れた状態だった。異常気候が始まってからよく地震が起こったが、その時に崩れたようだった。 イーデンは2階に行く階段の前で立ち止まった。階段も半分以上が崩れており、残りの部分もいつ崩れるかわからなかった。

「2階はあきらめて、1階だけ見てみよ… シード?」

イーデンは声を出すこともできずに、目を丸くし た。ガッ! ガガッ!シードが力強くジャンプし、階段の横の壁をたどって、2階に行く通路まで上がったのだ。 イーデンはため息をついた。

「すごかったけど… 降りてきて、シード。」

「ワン?」

「キミのアイデンティティは何? キミは猫じゃなく て犬だ。犬らしく行動しようよ。」

「クゥン」

シードはイーデンのもとに戻った。二人は崩れた天井と倒れている陳列台でいっぱいの1階をざっと見回した。

「ワン!」

突然シードが何かを見つけたように吠えた。そして急に駆け出した。

「わっ!シード! 一緒に行こう!」

シードが走っていったところは、石の山と陳列台の間の小さな隙間だった。何かのにおいを嗅ぎつけたようだ。

「シード、待ってよ!」

イーデンは急いでシードを追いかけた。シードが先に隙間に入り、イーデンも体をかがめて後に続いた。

「缶詰一つあるだけでも最高の収穫なんだけど。」

イーデンは隙間を這いながら低い声でつぶやいた。 まるで祈祷でもするように。 祈祷といっても間違いではなかった。滅亡する世界で缶詰は金よりも大事だから。自然災害と飢え、疾病の苦痛。 これに耐えられなかった人たちの暴動で、世の中はめちゃくちゃになった。

「うわっ!」

後を追っていたイーデンの手に何かがふれてすべった。かろうじてひっくり返ることを免れたイーデンは、手のひらにくっついたものを確認した。

「何?紙幣?」

イーデンの周辺には数十枚の紙幣があった。イーデンはゴミを片側によせ、シードのほうに近づいた。

紙が多く、手をつくたびにすべった。 イーデンは顔をしかめながら、それらを横に片付けた。 紙も必要ではあったが、今は食料のほうが大事だ。 それに、イーデンが見つけた紙はコーティングがされており、トイレットペーパーとして使うには向いてなかった。「う~ん、まだこんなのがあったんだ。」イーデンはランタンの光に照らされた紙を見つめた。政府を信じて暴動をやめろという内容のチラシだった。今や旧時代のものだ。もう世界のどこにも政府は存在しないのだから。イーデンはチラシを通り過ぎて、奥深くに入った。

「シード?どこまで行ったの?」

「ワンワン! キッ? キャン!」

ランタンの光が届かない暗闇の向こうから、シード の悲鳴が鳴り響いた。

「シード?シード!」

「どうしたの、シード?」

「キャン!」

ランタンの明かりの中にシードが現れた。シードは。イーデンの懐に飛び込んだ。

「どうしたの?何かあったの?」

ランタンで正面を照らしたが、前を遮るコンクリー トの山しか見えなかった。 シードが現れた場所は、山の側面にある小さな通路だった。

「ケガはしてないよね?」。

イーデンはシードの頭をなでた。シードはなでられるのがうれしかったのか、しっぽを振った。 舌を出して息をしていたシードは、ごろりと仰向けになった。

「気分がいいみたいだね。」

イーデンはシードのお腹を何回かなでてから聞いた。

「何でさっき悲鳴を上げたかしらないけど、大した ことなかったみたいだね?」

その瞬間、シードははっとして姿勢を正した。そして、自分が来た暗闇の中をにらみつけ、歯をむき出しにした。

「ウウウウウウ…」

「ボクがなでたから忘れてたの?う…」

イーデンは緊張した。シードが怒っているのを見るに、側面の通路の向こうに何かがあるようだ。

「そこ誰かいますか?」

声がこだまして戻ってきた。返事はなかった。 しかし、イーデンは緊張を解かなかった。

「とりあえず…」

イーデンはそっとリュックサックを下ろした。空間が狭いからリュックサックの中を確認するのは簡単ではなかった。イーデンが取り出したのは小さなナイフだった。 使うつもりはなかった。安全のために一応持っておこうと取り出したものだ。世の中には二種類の人がいた。探して拾う者と略奪する者。世界には略奪者のほうが多かった。拾うのにも限界があるからだ。おかげで世界で最も怖い存在は、人間になった。攻撃されるのがこわいから、攻撃する世界だ。イーデンはナイフを握ったまま聞いた。

「シード、言ってみて。角の向こうには誰がいたの?」

シードは返事をする代わりに、駆け出して角の向こうに消えた。

「シード! 待って!」

イーデンは急いで後を追った。ランタンの明かりで照らした瞬間、ぐちゃぐちゃに散らばっているものが見えた。シードはその中の一つのものに、身をかがめて歯をむき出しているところだった。ランタンの明かりで照らした瞬間、ぐちゃぐちゃに散らばっているものが見えた。

「ウウウ…」

ランタンで照らしたイーデンは驚いた。

「か、缶詰!?」

「ワン!」

シードは前足を上げて缶を蹴り飛ばそうとした。人が入れない空間のほうに。

「ダメ、シード!」

イーデンはとっさにシードの前足をつかんだ。つかんだ前足を握手するように揺らしながら、イーデンは言った。

イーデン「これは、ボクたちの命綱なんだって。なんで缶詰に怒るの?」

「ウウウウ…」

シードは缶詰に敵対的なままだった。

「いったいどうして…」

イーデンが首をかしげて後退しようとした時だった。ドン。背負ったリュックサックが、傾いていた棚に触れた。ガチャガチャ、ガチャン!

「うわっ!」

イーデンは何かが上から落ちる音に驚いた。

ガタッ!ドン!

「ワンワン! キッ? キャン!」

シードの悲鳴は、イーデンがさっき暗闇の中で聞いたものと同じだった。 シードが怒っていた理由が明らかになった。

「落ちてきた缶詰があたったんだ?シード、そうでしょ?」

同じ場所にまた缶詰があたったシードは泣き顔だったが、反対にイーデンは安堵した。

「人じゃなくて缶詰でよかった。今日は運がいいね?」

笑い混じりのイーデンの声が、シードは気に入って ないようだった。

「ウウウウ…」

イーデン「ごめんよ、シード。運がよかって言葉は取り消す よ。すごく痛いの?」

「クゥ~ン」

イーデンはシードの頭をなでた。幸いにも傷はなかった。

イーデン「おかげで貴重な食料品が手に入ったよ。食べるものは多いほうがいいよね。そうでしょ?」

「ワン?」

「キャンプに戻ったら、おいしいものたくさん作ってあげるから。」

ケガをしたのが嘘かのように、シードはしっぽを振り回した。イーデンの言葉がわかるみたいだった。

「本当に不思議だよ。キミを見てると、本当に人の言葉がわかるみたい。」

「ワン!」

イーデンはランタンで周辺を照らした。おかげで、ホコリをかぶっているお菓子2袋を見つけることができた。

「これで充分だけど… 後々のことを考えたらもう少 し…」

ミシッ…低い声でつぶやいていたイーデンはぴくっとした。 イーデンはシードを振り返って聞いた。

「今の音聞いた?」

シードが肩をすくめてイーデンを見た。シードも聞いていたようだ。ミシッ!音がまた聞こえた。コンクリートの塊のどこかから か聞こえる不吉な音だった。

「行こう、シード! これ以上欲張っちゃダメだ。」

ミシッミシッ!音が大きくなった。イーデンはシードを先に行かせてから急いで後を追った。 穴の外に出て辺りを見回したイーデンは、ほっとし てため息をついた。

「すぐに出てよかった。」

コンクリートは崩れかけていた。寄りかかっていた陳列台は後ろに倒れていた。 外に出ると、スーパーの中から「ドン!」という轟音が聞こえた。イーデンはカバンを背負い直して言った。

「そのまま中にいたら、危ないところだったね。」

命まで危ない状況だったが、イーデンはこれくらい大したことないと感じていた。 物資を求める際によくある危険だ。これを恐れていたら、いい物資にはたどり着けない。

「わぁ〜!あれを見て、シード!」

イーデンが突然、指をさした。東の空一面が赤黒かった。

「ワン?」

シードは指を追って空を見上げると、首をかしげだ。イーデンは静かにつぶやいた。

「うーん、ちょっとまずいな。」

ひどく赤黒い空は、ホコリの嵐の前兆だった。 ホコリの嵐は、怖い自然災害のうちの一つだ。風に巻き込まれることよりも、怖いのは窒息死だ。暴風圏内に入ると、密度の高い微粒子によって息をするのは困難だった。 大量の微粒子は、マスクでも太刀打ちできない。

「早くキャンプに戻らなきゃ。」

キャンプには、イーデンが最初に来た時に乗っていたキャンピングカーがあった。いつも暴風から守ってくれたありがたい車だ。

「ワン!」

シードは言葉を理解したのか、追い越して走っていった。

「シード、待って!」

イーデンは東の空の不吉さを忘れ、笑いながらついていった。ずっしり重いリュックサックのためだった。シードのおかげで、スーパーでの食糧収集は目標を大きく超過した。 このまま無事にキャンプに着けば、今日一日は大成功だ。

「待ってよ!」

「ワン! ワンワン!」

シードの後ろ姿を見ながら、イーデンは記憶をたどった。最近はずっと運がよかった。草と澄んだ空気のあるキャンプを発見したことも。そこでシードを見つけたことも。数え切れないほど経験した苦難が報われたような気がした。

「シード!一人で先に行くなら、缶詰あげないよ!」

言葉を理解したかのように、すぐに止まって待っているシードを見て、イーデンは大笑いした。

#02. 危険な工場

イーデンは緊張した。

「うーん…」

不安感は、キャンプを離れた時から始まった。 誰かに見られているような感じ。 途中で何度も後ろを振り向いた。何も見えなかったが、それでも何か妙な感じがした。

「う… シードを連れてくればよかったかな?」

シードにキャンプを守る任務を任せたことを後悔した。 しかし、イーデンはすぐに首をふった。

「いや、今はシードがキャンプにいないと。」

最近キャンプに新しい仲間が入ってきた。イーデンは、ソフィアとジョイを思い浮かべた。 ソフィアとジョイは、砂漠のような荒れ地を横断して疲れ果てた姿で現れた。 初めてソフィアを見た時、イーデンとシードは緊張した。今の時代、部外者を快く受け入れる者はいない。略奪者かもしれないからだ。 イーデンが警戒を解いたのは、ソフィアとジョイの状態がよくなかったからだ。

「シードが、ジョイとソフィアをちゃんと守ってくれればいいけど。」

イーデンは独り言を言いながら急いで歩いた。イーデンは新しい仲間を受け入れたことに満足していた。

ガチャン

後ろから突然小さな音が聞こえた。イーデンはびくっとして振り向いた。

「だ、誰!?」

イーデンの叫び声だけがこだました。後ろには誰も見えなかった。イーデンは、荒れ地に積もったゴミの山を見ながら叫んだ。

「そこに隠れてもムダだ! すぐに出てこないと…」

何と言うか迷ったイーデンは、勇気を出して叫んだ。

「怒るよ!」

自分で言っておいて気に入らなかったのか、イーデンは訂正した。

「攻撃するよ!」

それでも反応はなかった。

「風の音を聞き間違えたかな?」

イーデンがあきらめて、振り向こうとした瞬間、カサカサ

「これは…」

ゴミ山の後ろから、もはや隠すことのできない音が聞こえてきた。 しかし、イーデンはむしろ安堵した。脅威になりそうな音ではなかったからだ。 それでもイーデンは油断せず、ゴミ山をにらんだ。

「もうバレてるから、すぐに出てきなさい!」

ゴミ山の後ろから誰かが姿を現した。イーデンは目を丸くした。

「キ…キミは…」

「ジョ…イ?」

ソフィアの娘だった。赤いくせ毛をツインテールにし、大きなゴーグルを首にかけたかわいい子だ。イーデンは戸惑った。ジョイが後をついてきたのは嫌いではなかった。むしろ、うれしかった。 人見知りのジョイと初めて会った時、イーデンは歓心を買おうと努力した。 ジョイの笑顔が見たかったからだ。ジョイのためにブランコを作ってあげた。手作りのぬいぐるみもプレゼントした。 ジョイがぬいぐるみの病気を治してほしいと、破れたぬいぐるみを差し出してきた時、イーデンはとてもうれしかった。やっと ジョイが心を開いてくれたと思ったからだ。 しかし、思った以上に心を開いてくれたみたいだった。この危険な道をついてくるなんて。

「ジョイ! どうしてキミがここにいるの?」

イーデンは急に周囲を見回した。やはりソフィアはいないようだった。 お母さんを置いてこっそりついて来たに違いなかっ た。

「ジョイ。ソ、ソフィアはどこにいるの?」

「キャンプ。」

「今まで一人でついて来たの?」

「うん!」

ジョイが二つの目を光らせた。褒めてほしそうな表情をしている。イーデンは顔をなでてあげた。ついて来てはいけない子だった。最初にキャンプに 来たときよりは状態がよくなったが、こんなに歩き回って大丈夫だろうか。

「どうしてここまでついて来たの?」

「イーデンをつけてきた。」

「どうやって来たかじゃなくて、なんで来たか聞いてるの。キミがいないとソフィアは…」

ジョイはふくれ顔をしてイーデンの言葉を無視した。

「ママは大人だから一人でも大丈夫。シードも一緒にいるし。」

「キミがいなくなって心配しているよ。ジョイ、すぐに戻ろう。ここは危ないよ。」

イーデンはそっとジョイの手を握った。頬に当てたいほど、小さくてかわいい手だった。ジョイは、自分の手を握ったイーデンの手をじっと見た。

「嫌だ。」

ジョイは急にイーデンの手をふりはらった。

「ジョイ?」

「一緒に行く。」

「危ないって言ったじゃん。工場は尖った鉄くずが多いから、ケガしやすいし。」

イーデンは振り返って工場地帯を見た。10分もかからない場所にあった。 工場まであと少しなので、キャンプに戻るのは惜し い。しかし、ジョイの安全が優先だった。 ジョイがイーデンの顔の前に小指を立てた。

「はい、約束。ケガしないようにする。」

「キミが好きなようになるかな?」

「うん!」

ジョイは力強くうなずいた。 どうやら考えを変えるつもりはなさそうだ。

イーデンはため息まじりに聞いた。

「ボクがどこに行くか知ってるの?」

「工場旅行。」

「りょ、旅行じゃないよ、ジョイ。キャンプに必要なバッテリーを探しに行くんだ。」

「うん。バッテリー。早く行こう。」

「いや、あの…」

困った。イーデンから見たジョイは一緒に行く気満々だった。 ジョイは先を歩きながら、首を上げた。工場の屋根の上に高くそびえる煙突は、ホコリのせいではっきりと見えなかった。 かなり昔に捨てられた工場なので、陰気な空気が漂っていた。

「どうしよう? 今ごろソフィアがジョイを探してると思うけど…」

イーデンはジョイの後ろ姿を見ながらつぶやいた。 連絡できればよかったが、今は方法がない。

「やっぱり戻らないと。ジョイを説得しなきゃ。」

イーデンは決心したようにうなずき、ジョイの方へ急いで歩いた。

「ジョイ!」

呼び声を聞いたジョイは立ち止まった。イーデンが、後ろを振り向いたジョイに話しかけようとした瞬間、

「バッテリーは何で必要なの? キャンプにもあるでしょ。」

ジョイが先に口を開いた。イーデンはとまどったが、まずは返事からすること にした。

「太陽熱バッテリーはたくさん必要なんだ。ホコリのせいで太陽が見える時もあんまりないし。」

「どういうこと?」

「お日様が出ている時に、少しでもたくさん充電しておくんだ。キャンプに仲間も増えたし。」

「ママとジョイのせいで必要なの?」

イーデンは返事をする代わりに、ジョイの頭をなでた。すぐにジョイを説得しなければならない。ここから工場地帯に着くまでは5分もかからない。

「とにかく、すぐに帰ろう、ジョイ。」

「バッテリーは?」

「ボクが後でまた来ればいいから。すぐに必要ってわけでもないし。」

「ううう…」

ジョイは不満そうに頬をふくらませた。そして、うなずいてから歩き出した。

「ジョイ?」

うなずいたものの、受け入れていないようだった。イーデンはジョイに向かって手をのばした。

「ジョイ! 帰ろうって!」

ジョイが歩いていく方向は、工場地帯のほうだっ た。

「ジョイ? キャンプはそっちじゃないよ。こっちだって。」

「ううう…」

ジョイの歩く速度が上がった。ジョイをつかまえようとしていたイーデンの手は、空を切った。方向を錯覚しているわけではないようだった。イー デンは少し不安になった。怒ってでも連れ帰らなければならない。しばらくジョイに嫌われたとしても。

「ジョイ! すぐにキャンプに… あっ!」

急にジョイが走り出した。

「ジョイ、止まって!」

イーデンも走った。背負ってでも連れ帰らなきゃと思った瞬間、ジョイの走る速度がまた上がった。

「わぁ! ジョイ!やめて!」

イーデンは、リュックサックを背負っていても、ジョイならすぐに追いつけると思っていた。しかし、簡単ではなかった。全力疾走するジョイを変につかまえて倒してしまったら困る。汚染された地面に、膝でもすって傷ができたら大変だ。

「ジョイ、止まって! 調子悪いのに、そんなに走っちゃダメでしょ!」

「バッテリー… 一緒に探すって…はあはあ…約束するなら… はあはあ… ゴホ! ゴホ!」

イーデンは目をギュッと閉じて叫んだ。

「わかった! 一緒に行くよ、ジョイ!だからお願い、止まって!」

結局イーデンは、指切りして約束した。

「バッテリーを一緒に探しにいく代わりに、これからはこっそりついて来ちゃダメだからね。約束だよ。」

「うん! シードにかけて誓う。」

「なんでシードをかけるの? キミの良心にかけて誓いなさい、ジョイ。」

「良心ってなに?」

イーデンはジョイのツインテールの髪をつかんで軽くふった。

「良心が何か知ってるくせに、知らないなんて言ったら悪い子だよ?」

「本当に知らないもん。」

イーデンはジョイの胸に手を当てた。

「ジョイ、中にあるのは優しい心だよ。すごく大事なものだから、大切にね。」

ジョイはうなずいた。でも、理解したようには見えなかった。イーデンは思った。できるだけ早くバッテリーを探して戻らないと。ジョイの安全もそうだが、今ごろキャンプにいるソフィアはパニックに陥っているかもしれない。とはいっても、むやみに急ぐわけにはいかない。もしジョイがケガでもしたら、ソフィアはイーデンを恨んでキャンプを去ってしまうかもしれない。それは本当に嫌だった。

イーデンは空を見た。太陽の位置から判断すると、正午ぐらいだろうか。 ジョイも首を上げて空を見た。曇りがかった太陽を 差しながら、ジョイが言った。

「ああやって高く昇った時に、充電するの?」

太陽熱バッテリーの充電の話だった。イーデンはジョイを見て微笑んだ。

「そうだよ、ジョイ。今日は曇ってないほうだから、よく充電できそうだ。」

「ああやって高く昇ったら、どれくらい充電できるの?」

「こういう日に一日中充電すれば、2時間くらいは使えるよ。だからバッテリーは多ければ多いほどいいんだ。」

ジョイは少し眉をひそめた。2時間だけでは足りないと思ったようだった。 イーデンは太陽を見上げた。

「ボクが幼い頃に世話をしてくれた孤児院の院長は、50年前の太陽はそんなに曇っていなかったっ て。」

「それじゃあ?」

「目で見ることができないくらい明るいから、1時間充電するだけでバッテリーを一日中使えたらしい よ。」

「わぁ!」

ジョイは驚いた目でイーデンを見た。信じられないという表情だった。 実際、イーデンも孤児院長の言葉を信じなかった。見つめることができないほど太陽が明るかったなら、人は燃えて死んでしまうのではないか? 赤く曇った太陽を見ながら歩いていた二人は、工場地帯に入った。

「ジョイ、約束忘れないでね。本当に今日だけだから。次は絶対に許可なくボクについて来たらダメだからね。わかった?」

「うん!」

ジョイは微笑みながらうなずいた。 楽しそうにみえた。呼吸も安定していたので、問題になることもなさそうだった。イーデンは、キャンプで初めて会った時ソフィアの後ろに隠れていたジョイの姿を思い浮かべた。

「ボクと二人だけでいても大丈夫?怖くない?」

気になって聞いてみた。もしかしたら、キャンプの外で遊びたくて、怖いのを我慢しているのではないか心配だった。ジョイは力強くうなずいた。

「うん。イーデンはぬいぐるみを作ってくれたから。ぬいぐるみの病気も治してくれたし。」

イーデンは半笑いの表情で独り言を言った。

「そうだったね。なんで作ったんだろう…」

どうやら、ぬいぐるみのプレゼントがジョイの心をつかんだようだ。

「ブランコも作ってくれた!」

イーデンは笑いながら冗談を言った。

「ブランコ… でも、それはボクが遊ぼうとして作ったんじゃないかな?」

「違うよ。ブランコは私のだもん。」

「そうだね。ジョイのだね。」

イーデンはジョイの頭をなでた。

工場地帯の入り口で、イーデンはざっと周辺を見回した。 あちこちの積まれている鉄くずの中に、太陽熱バッテリーがあるか確認するためだった。

イーデンをまねするように、ジョイも一生懸命首を動かして周辺を見回している。 その時、ジョイが急に指をさした。

「あっ!あれ見て、イーデン! 空色のイスがある!」

イーデンは反射的にジョイの指がさすほうに視線を移した。 ジョイが指さした鉄くずの山の隙間には、赤褐色のイスが挟まっていた。ジョイはイスに向かって走った。 イーデンは早歩きでジョイを追った。

「走らないで、ジョイ。転んでケガしたら危ないから。」

「心配しないで、イーデン。転んでもケがはしないから。」

「転ぶ予定のように聞こえるけど。それにケガするかどうかは、キミの思い通りになるわけじゃないでしよ。」

「イーデンは心配ばかり。」

「前に鉄くずの山で転んで破傷風になったことがあるから。」

「破傷風?」

イーデンはジョイが理解しやすいように話した。

「十日以上ずっと寝てたんだ。顔もブサイクになるし、ご飯もちゃんと食べられなかった。」

ジョイは怖くなって身震いした。ちゃんと理解したようだった。

ジョイはイスを指さして言った。

「昔はこの色は空色じゃなかったって。」

「ソフィアが言ったの?」

ジョイはうなずいた。イーデンは同意するように微笑んでから、急に手を伸ばした。

「昔はあれが空色だったんだ、ジョイ。」

イーデンが指さしたのは、鉄くずの山の横にある半分崩れたコンクリートの塀だった。 崩れていない部分に、誰かが描いたグラフィティが残っていた。

「あれが?」

ジョイはイーデンが指さした部分を見た。カラフルなグラフィティの青い背景の色だった。

「うん。あれが昔の空色だよ。」

「ううう…」

ジョイはグラフィティの背景色を黙って見つめた。信じていない様子だ。幼い頃のイーデンもそうだった。過去の空色を信じられるようになったのは、最近のことだった。キャンプに暴雨が降って少しの間晴れた時、鳥肌が立つほど驚くような光景が広がったことをイーデンは 思い出した。本当に青い空が存在したのだ。すぐにホコリ雲に隠れてしまったが、イーデンはあの時の空を忘れることができなかった。

「あっ!」

ジョイがまた何かを見つけた。イーデンは不安そうな表情でジョイの視線を追った。

「イーデン、歯車だ。」

「まさか… 歯車が不思議なの?キャンプにもあったじゃん。」

ジョイは鉄くずの山の中にある歯車に向かって歩いた。

「あれは大きいから。」

イーデンはしばらくぼうっとしていた。確かに大きかった。工場の機械から取り外したような歯車は、ジョイの背ほどの大きさだった。 だからといって、歯車であることには変わりない。 イーデンは歯車を見つめるジョイの横に立った。

「大きいからって何が違うの?」

「わぁ! 本当に大きい!」

ジョイは本当に驚いていた。イーデンは上半身を傾けてジョイにささやいた。

「今までこんなに大きな歯車は見たことなかったの?」

「見たことあるよ。でも、近くで見るのは初めて。」

しばらく間を置いてからジョイが言葉を続けた。

「キャンプに来る前はずっと病気だったんだ。だからすごいものを見ても近づいて見ることができなかった。」

イーデンはようやくジョイの気持ちを理解した。 ジョイは歯車が不思議だったわけではなかった。 キャンプに来た後でよくなった自分の体が不思議だったんだ。イーデンは悩んだ。遅くなるほどキャンプにいるソフィアの心配は大きくなる。 ひょっとしたら、ジョイを探してキャンプの外を探し回っているかもしれない。

「早くバッテリーを見つけて帰らないといけないけと…」

イーデンの視線は、ジョイの後ろ姿でとまった。ジョイは新しいものを発見した。S字に曲がった錆びたパイプだった。不思議なものは一つもないのに、ジョイは楽しそう だった。 一時的だったが、健康になった体を満喫するジョイの邪魔をしたくなかった。

「わ~! イーデン! これ見て! 排水口が開いてる! イーデン!こっちは変な臭いがする! 危ないから 来ないで!すごくない!?」

「開いていなかったら排水口じゃないじゃん。」

「それじゃあキミもこっちに来ないと。」

イーデンは後を追って歩きながら、ソフィアとジョイの間で葛藤した。

「イーデン!」「イーデン!イーデン、イーデン!」

ジョイの顔が明るくなり、笑いがあふれる様子を見た瞬間、イーデンは決心した。

「もう、なるようになれ。」

大きな鉄パイプに錆とホコリが堆積してできた塊だった。イーデンとジョイは、お互いの頬が触れるほど近づいて鉄パイプの塊を眺めた。

「これも花なの? イーデン。」

「満開の花のように見えるけど偶然だ。これは汚いただの錆だよ。」

「でも、きれいだよ。」

「ジョイ、待ってなさい。いつかキャンプにもきれいな花がたくさん咲くから。」

「本当!?」

「うん、約束する。」

「花以外にも何かできる?」

イーデンは首をふった。目の前にジョイのふくれた頬が見えた。 ジョイは錆から目を離さずに言った。

「コッコもできたらいいな。」

「コッコ?」

「パパが絵本を見せてくれたけど、そこにコッコがいたんだ。飛ばない鳥だって。」

イーデンは独り言を言った。

「飛ばない鳥といえば… ニワトリか七面鳥? それかダチョウかな?」

「ニワトリ… じゃなくてコッコだよ! みんなコッコは大きいから危ないって。」

イーデンは笑いを吹き出した。ジョイの言う

「コッコ」はニワトリに違いなかった。

イーデンは幼い時にニワトリを見たことがあった。院長がくれた卵料理も食べた。卵料理はおいしかったが、幼い頃のイーデンはニワトリが好きではなかった。 幼いイーデンの前で道をふさいでいたニワトリは、かなり怖かった。怖くて逃げるイーデンを、5分以上も追いかけて来 たニワトリを思い出した。

「危なくないコッコにもきっと会えるよ。会ったらジョイが育てる?」

「うん! コッコは飛ばないから、ジョイの前にずっといてくれるし!」

ジョイが振り返ってイーデンを見ながら、明るく笑った。 イーデンは笑いながら思った。ニワトリがいればいいのにと。卵料理が食べられるから。

「あっ!」

突然ジョイが目を丸くした。ジョイはイーデンの肩越しに指さした。

「イーデン、シードが来たよ。」

「え?」

イーデンは驚いて振り向いた。シードが来たということは、ソフィアも一緒だということだ。内心よかったと思ったイーデンは、ジョイが指さし たものを確認してすぐに顔面が蒼白した。

「ウウウ…」

野良犬だった。

「ジョイ! あれはシードじゃない。ボクの後ろにびったりくっついていて!」

ようやくジョイも状況を把握した。ジョイはイーデンの背中に隠れて野良犬を眺めた。初めてイーデンに会った時、ソフィアの後ろに隠れていたように。それだけ自分を信頼してくれるのはうれしかったが、今は喜んでいる場合ではなかった。イーデンは、地面の鉄パイプを一つ拾った。 リュックサックの中にはナイフがあったが、それを取り出す余裕はなかった。

「あっち行け!」

イーデンは鉄バイブで大きな金属の塊を叩きつけた。原料を入れる時に使う大きな鋼鉄の入れ物だった。カーン!入れ物の中が空だったからか、強く叩いたわけでもないのに思ったより大きな音が出た。 運がよかった。野良犬はイーデンの出した音を怖がって逃げた。イーデンはほっとして、鉄パイプを地面に投げた。「もう逃げたから安心していいよ、ジョイ。」

「…」

返事はなかった。イーデンの心臓がどきりとした。驚いたあまり、立ったまま気絶でもしたのだろうか?

「ジョイ?」

幸いジョイは気絶していなかった。ジョイはイーデンのズボンの裾をつかんだまま、見上げていた。イーデンの顔をじっと見つめるジョイの表情には、 尊敬心がにじんでいた。野良犬を追い払ったイーデンの行動に感銘を受けたのは明らかだった。

「えっへ〜ん!」

イーデンを両手を腰に当てて顎を上げた。 大したことはやってないが、なぜかとても誇らしかった。

「イーデン… すごいね。」

ジョイがやっと口を開いた。イーデンはさらに得意満面になった。

「ジョイを守るためには、これくらいしなくちゃ ね。」

ジョイはしばらくの間イーデンの側にぴたりとくっつき、ついて来た。 イーデンは、ジョイがキャンプから自分をつけてき てよかったと思うくらい、気分がよかった。 しかし、その気分は長くは続かなかった。現実に戻ったからだ。

「ジョイ。急ごう。工場地帯に野良犬がいるとは思 ってもいなかった。長居すると危険だ。」

「イーデンが追い払えばいいじゃん。」

イーデンは少し迷ってから、十本の指を力いっぱい広げて前に出した。

「十匹はボクでも勝てないよ。」

ジョイが目を丸くした。

「十匹もいるの!?」

イーデンは目をぎゅっとつぶって、うなずいた。

「う… うん!だ、だから早くバッテリーを探そう。」

二人は頑張って鉄くずの山を調べた。 なぜか太陽熱バッテリーは見当たらなかった。 それでもイーデンはどこかにバッテリーがあると信じていた。政府の指針で化石燃料の使用が禁止されて以来、工場には太陽熱発電所が必ず設置された。 誰かが持って行ったとしても、故障したバッテリーが何個かは残っているはずだ。 イーデンは故障している製品でも構わなかった。パ ッテリーを修理する方法を知っているからだ。その間もずっとジョイは注意散漫だった。

「あっ!」

「どうしたの?」

「煙突の先が霧に隠れて見えないよ。」

「最初にここに来た時からそうだったでしょ。」

「あっ!」

「今度は何?」

「あっちに世界で一番大きいベッドがある!」

「ベッドじゃなくて、ベルトコンベアだよ。物を運ぶ装置なんだ。」

「あっ!」

「ちょっと、ジョイ! これからあって言うの禁止! ボクたちはバッテリーを探さないといけないんだよ。」

バッテリーを探すよりジョイの後を追いかける時間の方が多かった。 これ以上時間を無駄にはできなかった。イーデンは拳をぎゅっと握った。 ジョイには悪いけど、特段の措置をとるしかなかった。

「ジョイ。」

イーデンはわざと低い声で呼んだ。 新しい物を探していたジョイは、尋常ではない雰囲気を感じたのか足を止めた。イーデンのほうを振り向くジョイの顔は緊張していた。イーデンは、かわいくて幼い少女にきつく言いたくはなかった。それでもやれねばならなかった。

「ボクたちが遅くなるとキャンプでどんな事が起きると思う? ソフィアのことだよ。」

「ううん… どうなるの?」

「ソフィアはキミを探してキャンプの外へ出てくるはずだ。キミを見つけるまで戻ってこないと思うよ。」

ジョイはうつむいた。胸の前で手を合わせて指を動かしていた。イーデンは続けて言った。

「キャンプの外はいつも危険だよ。言ってごらん、 ジョイ。キャンプの外で一番危険なものは何?」

「ううん… 略奪…者。」

「そう、略奪者。キミはソフィアがキャンプの外を歩き回って略奪者に捕まっても大丈夫?」

ジョイは首を横に振った。目には涙が浮かんでいた。 心が痛んだイーデンは、ジョイの顔を見ないように した。

「だから早く帰らないとダメなんだ。キミがいなくなってきっと心配してるよ。」

ジョイはさらにうつむいた。泣き出すかも知れない。 それでもイーデンは険しい表情を変えなかった。早く戻るためには、引くわけにはいかなかった。 その時、ジョイの反撃が始まった。

ジョイは唇を突き出して言った。

「ママはイーデンのこと信じてるから大丈夫。」

イーデンはあきれて失笑した。

「大丈夫じゃないよ。ソフィアがボクを信じてくれているのはありがたいけど、問題はキミだよ。」

イーデンはジョイの前に立った。

「キミがボクと一緒にいるのを知らないから問題なんだ。今頃キミを探し回っているかもしれない。」

ジョイが言った。

「イーデンについていくって、手紙書いておいたもん。」

「え?」

イーデンは目が点になった。聞き間違いかと思って イーデンはもう一度聞いた。

「今なんて言った?手紙を書いてきたって?」

「うん。今ごろママも手紙見つけたかも。」

「手紙はどこに置いてきたの?」

「ママの背中に付けてきた。」

イーデンは心の中で叫んだ。キミは命がけなんだね!?こうなると工場よりキャンプの方が危ないよ! せっかく低い声を出したのに、元通りになってしまった。声は震えてさえいた。

「ジョ、ジョイ。ソフィアはその手紙を見つけられたかな?なんだか… 見つけたらもっと怒ると思うけど。」

ジョイは小さな拳をぎゅっと握った。

「叱られそうになったら具合悪いふりする! ママは ジョイが具合悪いと叱らないから!」

イーデンは開いた口が塞がらなかった。

「キミがこんなやんちゃな子だって… ソフィアは知ってる?」

ジョイは首を縦と横に振り続けた。知っているのかどうか確信が持てないようだった。イーデンは息を吸い込んだ。

「ふあああああ〜!」

息を吐き出してすぐに、イーデンは両手でジョイの手を包むように握った。

「でも早くバッテリーを探して戻ろうね。ソフィアを心配させちゃダメだから。」

「イーデンと一緒にいるのに?」

「うん。それでも心配していると思う。」

ジョイはうなずいた。イーデンのにっこりと笑う顔を見て緊張が解けたようだ。

「わかった! ジョイ、バッテリー早く探すね!」

イーデンはびくっとした。 ジョイが笑っていた。初めて見る満面の笑顔だった。目で直接見ることができないほどだったという過去の太陽も、ジョイの笑顔よりまぶしくはなかっただろう。イーデンはジョイの手を握って一緒に歩いた。 バッテリーが見つからなくてもよかった。こうしてジョイと一緒に歩くだけでも今日のやることはすべて 終わった気がした。

ドドッ! ドコッ!ホコリ風がかなり強くなった。雑に積み上げられた 鉄くずの山から怖い音がした。 周りにはいつ崩れてもおかしくないような鉄くずの山がたくさんあった。

「高く積み上げられたゴミ山の近くは歩いちゃダメ だよ。風で崩れでもしたらとても危険だから。」

イーデンはジョイの手をぎゅっと握った。ジョイも手をぎゅっと握ることで、気を付ける意思を伝えた。ふとジョイが聞いてきた。

「イーデン、なんでゴミがこんなに多いの?」

「そりゃ、みんなが捨てたからだよ。」

答えたイーデンが何か思い出したかのように言った。

「昔はゴミを処理する職業があったんだって。いつからかなくなったけど。」

「なんでなくなったの?」

「ゴミを捨てるにはお金を払わなければいけなかったみたい。環境問題が深刻になって、価格が上がったんだって。」

ジョイは首を傾げた。イーデンの言っていることが理解できないからだった。

「だから… 人々がゴミをこっそり捨てたんだ。リサイクルして役立てることを考えずに。」

今度もジョイは理解できなかった。

今度もジョイは理解できなかった。イーデンはそれ以上説明しなかった。こっそり捨てられたゴミを管理業者が放置したという部分まで理解させる自信は無かった。ジョイもそれ以上聞かなかった。ただゴミの山を不満げに見つめるだけだった。かなりの数の鉄くずの山とゴミを調べた。 あとはいくつかの建物の内部に入り、そこにある鉄くずを調べるだけだった。ジョイがあくびをした。

「ふああ〜バッテリーは本当にあるの?」

「もう飽きたの?」

「うん〜ちょっと。」

「探索は元々退屈なものだよ。必要な物は先に来た人たちが持っていくから。」

「バッテリーがないかもしれないの?」

「そういう時もあるけど、普通はあるよ。略奪者のせいで同じ地域を何度も探索する人はそんなにいないから。」

「危ないから?」

「うん。それに太陽熱バッテリーとかはよく故障するんだ。修理して使う人も少ないし。」

「イーデンは修理できるの?」

イーデンはまた顎を上げた。

「もちろん! ジョイが健康になったら、太陽熱バッ テリーの修理の仕方を教えてあげる。」

ジョイは返事する代わりに小指を出した。イーデンは快く約束した。まだバッテリーを見つけていないのに、心は充実感でいっぱいだった。ジョイと一緒にここまで来る間に、キャンプで過ごしてた時より何倍も仲良くなった気がした。

工場地帯を歩きながら、イーデンは思わず歌を歌い出した。

「田舎道よ〜ボクを家に連れて行って〜ボクがいるべきあの場所へ~」

「それは何の歌なの?」

ジョイがイーデンをじーっと見つめた。

「昔リアムに教わった歌だよ。リアムもおじいさんに教わった歌だって言ってた。」

「ジョイにも教えて。」

「キャンプに着いたら教えてあげるね。」

イーデンは歌い続けた。今度は鼻歌だった。 気分がよかったので、なんとなく歌を歌いたかった。理由はジョイがイーデンの手をぎゅっと握っているからだった。自分を信じてくれている気がしてうれしかった。ジョイがふと聞いてきた。

「イーデンはキャンプで生まれて主になったの?」

「あははは!」

質問を聞いた途端に笑いが出た。イーデンはうれしい気持ちで否定した。

「ボクもキャンプで過ごしてからそんなに経ってないよ。だからソフィアとジョイもキャンプの主だよ! もちろん、シードも!」

「本当!?」

「うん!」

本心だった。イーデンはジョイの明るい笑顔を見て思った。 キャンプに来てから、いつも運がよかったと。マスクをつけなくてもいいくらい、澄んだ空気のキャンプ。 シードと出会い、ソフィアとジョイに出会ったキャンプ。 これまでのさみしくて不安だった旅が夢のように感じられる場所だった。

イーデンとジョイは残り最後の工場の建物の前に立った。もし今回もバッテリーが見つからなければ帰るつもりだった。 工場地帯はここ以外にもある。イーデンはあとでそこに一人で行こうと思った。 もちろん、ジョイがあとをついてこないか確認しながら。突然ジョイが叫んだ。

「あっ!」

「あっ!は禁止って言ったでしょ、ジョイ。」

「でも… あそこ…」

ジョイは人差し指を前に突き出した。一瞬、強い風が吹いた。イーデンは風の中のホコリを払いながら正面の不鮮明な何かを見つめた。 さっき見た野良犬が建物の入り口にいた。イーデンはジョイの手を放した。

「ジョイ、ボクの後ろへ…」

ジョイがいきなり横を走り抜けた。びっくりしたイーデンがジョイの方へ手を伸ばしたその時。

「こらーっ!」

ジョイは自分の背丈ぐらいの枝を持って近くの鉄くずを叩いた。バン!バン!イーデンは爆笑しながら近くにあった鉄板を握っ た。カン!バン! カンカンカン! バン!カーン!二人が一生懸命叩くと、今度も野良犬は逃げ出した。イーデンとジョイはお互いに見つめ合って笑った。

イーデンは建物の中へ入りながら思った。キャンプでこの人たちと長く一緒に過ごしたいと。想像に浸って笑みを浮かべていたその時、いきなり ジョイが叫んだ。

「あっ! バッテリーだ!」

「え?」

握っていた手が離れた。ジョイがイーデンの手を放して走り始めた。 イーデンは驚いて追いかけた。

「ジョイ! 走らないでってば! さっき約束したじゃん!」

「そんな約束ばしてないもん!」

確かにそうだった。約束したのは、走るのを止めることだけだった。

「で、でも… ジョイ! うわっ! ジョイ!」

ジョイが走っていく方向を見たイーデンは驚いた。本当にバッテリーが見えた。それも一つだけではなかった。工場の倉庫と思われる建物の奥に、たくさんのバッ テリーが鉄くずとともに塔のように積み上げられていた。 今まで崩れなかったのが不思議なくらい、危険な鉄くずの塔だった。イーデンは慌てて叫んだ。

「待って、ジョイ! バッテリーに触れちゃダメ!真ん中にあるものを抜くと、全部崩れるよ!」

ジョイの走る速度が落ちた。すぐに疲れたようだ。それでも声は元気だった。

「大丈夫!ジョイ、ジェンガ得意だから。」

「ジェンガを命がけでやる人はいないよ!」

イーデンはリュックサックを投げて全力で走った。しかし今度もジョイをつかまえることはできなかった。走る子どもを安全に止められるほど、イーデンの力は強くなかった。その代わりイーデンはジョイを追い越して走った。

「ボクがやるから、そこで待ってて! お願い!」

イーデンは鉄くずとバッテリーが混ざった塔まで止まらずに疾走した。

「えいっ!」

イーデンは塔にたどり着くと同時に、一番最初に触れたバッテリーを思いっきり抜いた。 ジョイに何かをする隙を与えないつもりだった。ガタン! ドドッ。バッテリーを抜くと、鉄くずの塔が少し揺れた。思ったより丈夫に積み重ねてあるようだ。イーデンは勇気を出してバッテリーをさらにいくつか抜いた。その間イーデンはジョイに警告するのを忘れなかった。

「近くへ来ちゃダメだ、ジョイ!」

さらにいくつか引き抜いたが、鉄くずの塔は崩れなかった。 イーデンはバッテリーを抱いてジョイのいる所へ戻った。

「終わったよ、ジョイ!もう戻ろう。」

ジョイは自分で抜けなかったのが残念だったのか、唇を突き出した。

「イーデンだけ面白いことしてずるい。」

「次にソフィアも一緒に来たら、ジョイにもやらせてあげる。今は危険だからダメ。」

「ママはやらせてくれないもん。」

「ジョイがケガをするか心配なんだよ。ジョイも痛いのは嫌でしょ?」

「ううう…」

ジョイはそれ以上文句を言わなかった。 イーデンがバッテリーの入ったリュックサックを背負うと、ジョイが前を歩いた。今度はキャンプの方向だった。

「バッテリーは全部壊れてるの?」

急な質問だった。イーデンはリュックサックをちらっと見た。急いで引き抜いたので、故障しているかどうか確認していなかった。

「わからない。キャンプに戻ったら確認するね。」

「もし壊れてたら、直し方… 教えて。」

「わかったよ、ジョイ。」

「歌も教えて。」

「わかった。」

ジョイは鼻歌を歌いながら前を歩いた。イーデンが歌っていた歌を真似しているようだった。全然似ていなかったが。 イーデンは万一に備えてジョイを呼び止めた。

「出口に野良犬がいるかもしれないから、一緒に行こう。」

出口の外に出る前に、イーデンは外の気配をうかがった。何の音も聞こえてこなかった。どうやら野良犬は他の場所へ行ったようだ。イーデンは振り向いてジョイを見た。やんちゃ娘はおとなしくなっていた。 長い冒険で疲れているのかもしれない。あるいは歌を習いたくていい子にしているとか。 イーデンは時間を確認した。予想よりかなり長い時間が経っていた。太陽も西へ少し傾いている。 イーデンは頭の中で帰り道を計算した。そして満足げに微笑みを浮かべた。

「大丈夫そう。このまま戻れば暗くなる前には…」

明るい声を出したその時だった。ドドドドド!ドン!ゴーン!後ろから轟音が聞こえてきた。 イーデンとジョイは目を丸くして、その場から動かなかった。 二人はゆっくり、そして同時に振り向いて音が聞こえてきたほうを確認した。 やはり先ほどバッテリーを抜いた鉄くずの塔が崩れていた。

「わっ…」

ジョイは気が抜けた顔をして声をあげた。ジョイはイーデンを見て聞いた。

「今のイーデンがやったの? 超能力で…」

「いや、勝手に崩れたんだよ。ずっとあそこにいたら下敷きになってたかも。」

「だからジョイが抜くって言ったのに。」

「怖い事言わないで、ジョイ。ボクたちは運がよかっただけ。」

「いや、ジョイがやってたら崩れなかった。」

イーデンは言い返す代わりに笑い出した。なぜか笑いが止まらなかった。 笑いが移ったのか、ジョイも笑い出した。ジョイは 笑いが混じった声で言った。

「本当だよ、イーデン!」

「キャンプに戻ったらジェンがを作ってあげるよ。本当に上手いか見てあげる。」

イーデンはジョイと手を繋いで歩き始めた。もう手を繋いで歩くのが当然のように思えてきた。 工場地帯を抜けた時、急にジョイが沈んだ声で言っ た。

「でも… ジョイ… ジェンガできないかも。キャンプに戻ったらママに殺されちゃうよ。」

イーデンも同じく沈んだ声で言った。

「ボクもジェンガを作れないかも。キャンプに戻ったら、ソフィアは誰から殺すんだろう?」

二人は繋いでいた手をギュッと握った。

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