スピンオフ ストーリー5

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「イーデン!イーデン?」

近くの村へ探査に出ることにしたソフィアは、キャンプの前でイーデンを待った。しかしずっと待っても出てこなかったので、変に思った彼女はイーデンを探した。

「うーん… ソフィア、ごめんなさい。ちょっとくらくらして。すぐ準備します。」

「イ、イーデン! ちょっと待ってください。具合でも悪いんですか? 顔が赤いですよ。」

机に寄りかかるイーデンの額に、ソフィアが慌てて手を当てた。

「あ、熱がありますね。イーデン。これはダメです。横になってください。探査には私が行ってきます。」

「いいえ、ボクは大丈…」

「何言ってるんですか。この間、保健所から持ってきた解熱剤があります。無理しすぎですよ、イーデ ン。」

ソフィアは心配そうな顔でイーデンを再び寝袋に入らせ、解熱剤を飲ませた。

「ソ、ソフィア。ごめんなさい。」

「そんなこと言わないでください。私こそごめんなさい。キャンプのために無理をしすぎですよ。今日は私一人で行ってきます。大丈夫。近い村だからすぐですよ。方位磁針を頼りに行けばいいだけですから。」

イーデンが申し訳なさそうな顔で見つめた。すでに ソフィアは一人で探査することを決心した状態だった。一人での探査は初めてだが、ずっとイーデンに頼ってばかりではダメだった。奇跡のようなキャンプのいい環境は、イーデンがバカみたいに献身したおかげで作られたと言っても過言ではなかった。ソフィアは、自分とジョイを助けてくれたイーデンに少しでも恩返しがしたかった。

「イーデン、少し休んでください。イーデンには休息が必要です。」

「水は… あるし、ランタンも… あるし、方位磁針も …ある。食べ物は… ふう、残り少ないけど、仕方ない。」

ソフィアは探査に必要な物を念入りにチェックした。いつも問題なのは食料だった。 他の地域とは違い、このキャンプには草が生える。 飲める水もある。それでもみんながお腹いっぱい食べられるほどではなかった。 数日に一回、イーデンが近くの村を探索した。食料とジョイに飲ませる薬を探すためだった。捨てられた村で食料と薬を見つけるたびに、ソフィアはありがたいと同時に申し訳ない気持ちだった。イ ーデンは、ソフィアとジョイのためにあらゆるものを惜しまず分けてくれた。

「イーデン、いつもありがとうございます。今日は私が必ず食料を手に入れてきます。」

「うん。イーデンのために、出発!」

「うわっ! びっくりした!」

リュックを背負って出発しようとするソフィアの後ろから、いきなり声が聞こえてきて驚いた。

「ジョ、ジョイ!」

「へへ、ママ!探査に行こう!」

振り返ると、ジョイも小さなリュックを背負ってシ ードと一緒に決意を固めた顔で立っていた。

「ダメだよ! ジョイ。危険すぎる。ママが行ってくるから。あなたはイーデンの側にいてあげて。イーデンの具合が悪いの。」

「やだ! ママと一緒に行く。イーデンは寝てるから。」

「ダメよ、ジョイ。危険なんだってば。それに、あなたは無理しちゃダメ。」

「じゃあ、ママも行っちゃダメ。もうジョイと絶対離れないって言ったじゃない!」

「そ… それは…」

ソフィアは怒った顔で腕を組み、意地を張るジョイを見つめた。

未知の病にかかってから、ジョイは同い年の友達とも出会えず、ずっと病院で生活した。アダムプロジェクトを研究していたソフィアは、毎日実験と失敗を繰り返した。ほとんどの時間を研究に費やしたので、ジョイの面倒を見る時間があまりなかった。最終的にプロジェクトが失敗し、研究所が閉鎖されてからジョイの呼吸器疾患はさらに悪化した。 環境汚染による公害やホコリ、酸素不足は、育ち盛りの子供たちにとって致命的だった。

「プロジェクトさえ成功していれば…」

ソフィアは、涙目で意地を張っているジョイを見た。

「そうね。ママと一緒に行こう。ずっと側にいるから。」

万歳をしながらシードに抱きつくジョイを見て、ソフィアは胸が苦しくなった。 幼い歳で世界の終末を迎えたジョイ。ニュープロテクターという略奪者集団にさらわれた後、ある男のおかげでなんとか脱出に成功したものの、言葉を失い、 人を怖がるようになったジョイ。そんなジョイにとって、ここ、イーデンのキャンプ は、人のぬくもりを感じ、言葉と笑顔を取り戻すきっ かけとなった、天国のような場所だった。ソフィアはここを守りたかった。ジョイのために。

「こっちで合ってるはずなんだけど、おかしい わ。」

ソフィアは地図と方位磁針を見ながら前方を注視した。隣でジョイは元気いっぱいな姿でシードと歩いていた。

「シード、気を付けて! 私たちは今、大事な探査中なんだから!」

「ワン!」

ソフィアは、真剣な様子のおチビの探査隊を見て笑顔を浮かべた。しかし、すぐに暗い顔に戻り、地図と 前方を交互に見ながら道を確認した。この前、イーデンと一緒に探査に来た時、確かに一 度通ったことのある道だ。しかし、今日はその道がなくなっていて、巨大な砂丘があるだけだった。 ソフィアは昔、本で読んだことのある内容を思い出 した。砂漠は風によって、砂丘の位置が移動することがあるという。

「砂漠だなんて…ふう。」

ソフィアは長い溜息をついた。元々ここは住みやすい場所だった。そんな場所が、今は砂に埋もれてしまった。

「方位磁針に頼って行けばいいはず。」

ソフィアは砂丘を遠回りして目標の町へ行くことにした。キャンプ近くの居住地は、すでに何度も捜索したので残っている物資がなかった。近い町でも歩いて3時間はかかる。ジョイと一緒ならもっとかかるだろう。

「ジョイ、あまり遠くまで行っちゃだめだよ。疲れたらママに言って。」

「はーい、ママ。」

真剣に答えるジョイを見て、ソフィアは笑顔で不安な心を落ち着かせた。

「ママ… まだ? ちょっと休みたい。」

緊張したまま前を歩いていたソフィアは、少し遅れてついてきているジョイの方をを振り向いた。もう2時間以上歩いた気がする。ジョイは息が詰まるのか、胸に手を当ててぜーぜーしている。シードは心配げに鼻でジョイを押していた。

「クゥン…」

「ジョ、ジョイ!大丈夫? 疲れたの?もうダメね。 帰ろう、ジョイ。」

「ううん、ちょっと休めば平気。」

ジョイは、赤くなった顔で荒い息を吐きながら意地を張った。

「何言ってるの。あなたは無理しちゃダメ。ジョイ。帰って…」

「やだ! イーデン、具合悪いから! 具合悪いときはちゃんと食べなきゃダメって、ママが言ってた! 食べ 物持っていかないと!」

「ジョイ!今大事なことはそれじゃないの。このままだと大変なことになるよ。言うことを聞きなさい!」

ソフィアは戻ることにして方位磁針を見た。

「あれ?おかしい。故障かな?」

ソフィアは慌てて方位磁針を振った。一定の方向を指すべきはずの針が、ぐるぐる回っていた。

「なに、これ…」

ソフィアは急いで空を見上げた。赤褐色に覆われた暗い空が、遠くから迫ってきていた。

「そんな… よりによってこんな時に…」

あの日以来、大気が不安定で、雷を伴う砂嵐が吹くようになった。それも重金属を含む砂嵐が、ハリケー ンのように巻き上がりながら移動する。

探査に出向く2日前に巨大な砂嵐があった。それでイーデンとソフィアは、しばらく砂嵐が来ないだろうと思い、探査に行く日を今日に決めたのであった。 遠くから迫ってくる砂嵐は、局地性の砂嵐で、小さな竜巻程度の大きさだったが、今のソフィアとジョイには致命的かもしれなかった。

「ひ、避難しないと。ジョイ。ママから離れないでね。いったいどこへ行けば… シード、シードは?」

ソフィアは少しの間だけでも身を隠せる場所を探しながら、ジョイとシードを確認した。しかし、シードが見当たらなかった。

「シード!シード!」

ジョイが涙声でシードを探した。

「ワン! ワンワン!」

「シード?」

ソフィアとジョイは砂丘の上を見つめた。シードは何度もソフィアとジョイに向かって吠えながら、まるでついてこいと言っているかのように後ろの方へ頭を振った。変に思ったソフィアは、目を細くしてその場をぐるぐる回っているシードの後ろの方を見た。

「あ…」

砂丘の向こうに、ちらちらと小さな建物が見えた。

「すごい!シード、あなた天才よ。行こう! ジョイ、あそこへ早く。」

ソフィアは砂嵐が来る前にジョイと一緒にその小さな建物に身を隠すため、先を走るシードを追った。

ドドドドッガタンガタン

「ゲホゲホ〜ママ、怖いよ。」

「ワン! クゥン~」

「大丈夫だよ、ジョイ。ちゃんとマスクして。少し待ってれば止むから。」

ソフィアはヒヨコを抱くニワトリのように、ジョイとシードをぎゅっと抱きしめて頭を下げた。 慌てて入ってきたここは、入場券のような物を売る小さなチケットブースだった。床には入場券が点々と散らばっている。とても狭いが、砂嵐には耐えられそうだった。

「ありの〜ままの~姿見せるのよ~」

ジョイは目をつぶって歌い始めた。

「ジョイ、歌ってるの?」

「ありの〜ままの〜え?うん。イーデンが言ってた。怖いときには歌を歌うと平気になるんだって。」

「イーデンがそう言ってたの? フフッ、いい方法だ ね。」

「ワウ〜ワウ~」

シードもジョイにぴったりくっついて小さく遠吠えをし始めた。

「んん? シードも歌えるの?」

ジョイが明るい顔でシードを見た。もうジョイは震えていなかった。ドドド〜ちょうど、風によるブースの窓の揺れがおさまってきた。

風がおさまって10分ほど経った。 窓から外を確認したソフィアは、そっとドアを開けてジョイと一緒に外に出た。

「ワン! ワン!ヘエヘエヘエ…」

シードが息苦しかったのか、身をブルブル震わせた。

「シード、あなたのおかげで助かったよ。ありがとう。」

「シード!最高!」

ソフィアはシードを抱きしめるジョイを見て、微笑みを浮かべながら周りを見渡した。

「ここは…」

ソフィアの目の前には大きな空き地があり、その中に小さな遊園地があった。

「MOON RABBIT PARK」

「月… うさぎ公園? わあ、かっこいい!」

古い看板をたどたどしく読んだジョイは、明るい笑顔で歓声を上げた。観覧車やメリーゴーランドなど、 いろんな乗り物がある小さな公園だが、初めて遊園地を見たジョイにとっては不思議な夢の公園だった。

「ママ! すごい! かっこいい! 動画でしか見たことないのに!わあ〜わあ~」

あちこち走り回りながら喜ぶジョイを見て、ソフィアはうれしさと切なさを同時に感じた。

「どれどれ……」

ソフィアはメリーゴーランドに近づいて回転盤を力いっぱい回してみた。ギギギッ〜最初はびくともしなかったメリーゴーランドがゆっくりと動き出した。馬が上下に動きながら遅いスピー ドで回転を始めた。ソフィアの予想が当たった。ここはあちこちを移動しながら臨時で設置された簡易遊園地だった。だから アトラクションはすべて小さく、手動で動かすことができた。

「ジョイ!この馬に乗ってみて。」

「キャ~」

ジョイは楽しそうな顔で馬によじ登った。

「キャア〜行くぞ〜やっほ~」

メリーゴーランドはゆっくりと上下に動いた。木馬に乗ったジョイは、普段はあまり見せない満面の笑みを浮かべた。シードも楽しそうにジョイを追いかけて走った。 砂が詰まっていて回転盤を押すのが少し大変だったが、明るい笑顔を浮かべるジョイを見てソフィアは力が湧いた。

「ソフィア〜こっち向いて! はい、チーズ~」

「ブラッド〜ダーリンも一緒に乗ろうよ〜」

「ノー!俺は乗物酔いがあるから遠慮しておくよ。 わあ〜ソフィア、すごい! きれいだよ!ここ、ここ! はいチーズ!」

「ソフィア、将来俺たちの子供と一緒に来れたらいいな。」

「え、子供?私、あなたと結婚するって一言も…」

「ん? ソフィア、俺と結婚しないの?」

「何言ってるの? まだプロポーズもしてないくせに。」

「え、ええっ!? してないっけ?ハハッ〜」

「…マ、ママ! ねえママぁ!!」

「え、ん?ああ! ジョイ!何?どうしたの?」

メリーゴーランドを回しながら回想にふけっていた ソフィアは、呼び声にびっくりしてジョイを見た。

「もう何回も呼んだのにぃ~!」

ジョイは不満げにソフィアを見つめていた。飽きたのか、様子がおかしかった。

「どうしたの、ジョイ。疲れたの?」

「うう〜吐き気がする。」

「あ、ごめんね。もう降りて、ジョイ。酔っちゃったのね。」

木馬からずるっと降りてきたジョイは、息をついてママを見上げた。

「よった?それって何? う~変な気分。」

「今みたいにくらくらして気分が悪い状態を酔ったって言うのよ。体をぐるぐる回転させたり、上下に動くと吐き気がするの。ジョイのパパは乗り物酔いが激しかったけど、ジョイはパパに似たのね?」

「パパが?」

辛そうだったジョイは、パパの話を聞いて目をキラキラさせた。生態学者だったジョイのパパ、ブラッドは環境汚染の深刻性を政府や一般の大衆に知らせる環境運動家として活動し、その後はソフィアと同じ研究所で地球を救うためのアダムプロジェクトを共に研究した。ジョイはソフィアよりパパと過ごした時間が多かった。ジョイはパパが急にいなくなった理由について疑問に思ったが、ソフィアは何も言わなかった。ブラッドは自分の安全のためにソフィアとジョイを裏切って側を離れた。ソフィアはジョイを失望させたくなかった。

「パパもこれに乗ると酔ってたの?」

「パパは… 乗れなかったよ。ジョイはパパよりもっと勇敢だね。」

「ジョイがもっと勇敢? パパは大人でしょ?大人は強いんでしょ?」

「うーん… パパも強い大人だけど… 誰にでも弱点はあるの。パパの弱点は乗り物酔いだったんだ。」

ソフィアはブラッドに対する恨みが湧き上がってきたが、グッと我慢した。ジョイにパパを悪く言いたくはなかった。

「ママ、シードも怖がらないよね?」

「シード?シードは… 怖くないよ。シードは賢い犬だから。ジョイのことを守ってくれるし。」

「うん、シードは賢いよ。」

「ワン!」

幼い頃から勉強が得意で研究が好きだったソフィアは、花が好きだった。庭の手入れを楽しんでいた祖母の影響か、ソフィアは植物学者の道を歩いた。 祖母の庭は実に驚くほど美しかった。ソフィアは祖母を手伝い、庭の手入れをするのが好きだった。いろいろな植物を上手く育てることも好きだったが、祖母からミステリアスな庭の秘密について聞くこともとても楽しかった。

「ママ、お腹空いた。」

「お腹空いたの?ふふっ、そうね。そろそろお腹が空く頃ね。どこかお店でも探してみようか。食べ物はテーブルの上で食べないと。」

「ママ! あそこ! あそこお店みたい。大きくMって書いてある看板!」

ジョイは公園の入り口の前にある、崩れかけのハンバーガー店を発見してシードと一緒に走っていった。

「ジョイ!ダメ! 待って!」

ソフィアは慌てて大声をあげ、ハンバーガー店に向かって走っていくジョイを止めた。

「えっ!?マ、ママ……」

ジョイは、いきなり真顔で大声を出すソフィアにびっくりし、その場に立ち止まった。ソフィアの方を振り向くジョイの目には、涙が浮かんでいた。

「あ、ジョイ。ご、ごめんね。驚かせちゃって。急 に大声出してごめん。」

ソフィアは驚いて涙を流すジョイをぎゅっと抱きしめて安心させた。

「でもね、ジョイ。私たち、イーデンのキャンプに来る前にも怖いおじさんたちに捕まったことがあるでしょう?」

「あ!? あ… うん… ごめん。ママ。その時もジョイのせいで…」

「ママがなんて言った?」

「うん、ママの許可なしにはどこにも行かない。建物に入る時は、慎重に中を確認してから入る。」

「その理由は?」

「えっと… 建物が崩れるかもしれないし、中に怖い人がいるかもしれないから…」

「そうよ、ジョイ。えらいね。それでこそ探査隊長。元々探検や探査はそうやって慎重に一つずつ確認しながら行くものなの。」

ソフィアはジョイにゆっくり説明しながらジョイの気分を伺った。

「ふう…」

ソフィアはため息をついた。本来ならジョイはまだあちこちを走り回る好奇心旺盛な歳だ。しかし、そんな好奇心が今は命を危険にさせる怖い時代だ。

「よし、じゃあ先にあの店の中が安全が確かめてみよう。探査隊長、行動開始!」

ソフィアはジョイの涙を手で拭ってあげながら耳にささやいた。

「…うん、シード!行こう!」

ジョイはにっこりと笑いながら低い声でシードに命令した。そしてしゃがんで慎重にソフィアについて行った。ソフィアは海賊ごっこをするかのように、体を低くしてジョイと一緒にゆっくりと店の方へ向かった。イーデンのキャンプにたどり着く前の環境は、10歳の子供には過酷すぎた。(ジョイは知らないが)パパの裏切り、研究所からの逃走、略奪者による拉致、そして脱出…… 大人のソフィアですら辛いような出来事を経験し、ジョイは言葉を失った。ソフィアも神経衰弱に陥り、狂ってしまう寸前だった。再びジョイが人に心を開いて笑顔を取り戻すことが できたのは、イーデンとイーデンのキャンプのおかげだ。ソフィアは役に立ちたかった。ジョイのこととなるといつも過敏に反応していたソフィアだった。でも今は心に余裕ができたのか、ジョイに考えを押し付けようとしなかった。慎重に行動することについて教えようと、ソフィアは探査隊ごっこをするかのように店に近づいた。

「ママ、よく見えない。ママは見える?」

背が小さいジョイは店の窓にぶら下がって中を覗いていた。探索が上手くいかなかったのか、ジョイはソフィアに小さな声で助けを求めた。店の入り口の壁に背中をつけて慎重に中をうかがっていたソフィアが、ジョイの方を振り向いた。店の中 に人の気配がないのはすでに確認したが、ソフィアは深刻な表情でジョイに向かって首を横に振った。

「じゃあ、どうするの?」

ジョイも深刻な表情でソフィアにささやいた。ソフィアは笑いをこらえ、もう一度深刻な顔をしてシードのほうに合図を送った。

「あっ!シード!力を貸して。ちょっと見てきてくれる?」

ジョイはシードに小声で言った。ジョイを見ていたシードは、ソフィアをちらりと見て、腹這いをしながら店の入口の中へ慎重に入って行った。ソフィアはシードが自分をちらっと見た時、何だか笑っているように感じた。

「どうやらシードは私の演技に合わせてくれているみたい。本当に天才かも?」

店の中に入っていたシードが外に出てきて、ジョイに向かって明るい声で吠えた。

「ワン〜ワン~」

「え?中に誰もいない? 大丈夫だって? ママ〜シー ドが大丈夫だって。」

明るい顔になったジョイが、ソフィアのほうを振り向いて言った。

「そうよ、ジョイ。そうやって新しい場所に行くときは、常に緊張を保って気を付けて行動すること。そうすれば安全に任務をこなせるの。わかった?」

「うん、ママ。いつも気をつける〜それにこれからは、ジョイがシードを守らなきゃいけないから、もっと気をつけるね。」

「そうね、それじゃご飯にしましょう、ジョイ。」

ソフィアは入り口のほうにあるテーブルに座り、リュックから食べ物と水を取り出した。賞味期限をはるかに超えたハムの缶詰1個と、いくつかの乾いたビスケットが全部だった。ジョイの顔が一瞬暗くなったが、すぐに明るい笑顔を浮かべて言った。

「いただきます。あ~美味しそう。あ~お腹空いた。」

まだ10歳のジョイが何のわがままも言わず、むしろママを気遣って明るいフリをするのを見て、ソフィアは心が痛んだ。

「ワン〜ワン~」

店内のあちこちを見回っていたシードが、いつのまにかテーブルの側に来て吠えていた。

「シード、あなたもお腹が空いたの? はい、どうぞ… あなたも…ん? それは何?」

自分のハムをシードに分け与えようとしたソフィア は、シードがくわえているのを見てびっくりした。

「パン?」

ビスケットを口に入れて水と一緒にもぐもぐしていたジョイがシードを見て言った。

「どこで見つけたの?」

ソフィアが驚いた顔で立ち上がると、シードは店の中の調理室のほうについてこいとでも言うように頭を振った。ソフィアはシードの後を追って調理室へ向かった。もしかしたら、と思って調理室のあちこちを調べたが、何もなかった。

「シード、どういうこと?」

「ママ! ここ〜」

疑問に思っていたソフィアはジョイの声が聞こえてきた方向に振り向いた。調理室の一番隅っこの床でジョイとシードが伏せていた。ソフィアが確認してみると、床が少し浮いていた。ソフィアは急いでリュックからランタンを取り出して中を照らしてみた。

「こ、これは!?」

調理室の床に小さな亀裂があり、その奥に缶詰とパン、そして中身がわからない袋が散らばっていた。

「うーん…」

ソフィアは手を入れて伸ばしてみたが、届かなかった。騒ぎの途中で転がり込んでしまったことに気づかなかったか、人々が手の届く範囲の物だけを持って行ったせいで、そのまま放置されていたようだった。パンはシードがくわえてきたものの、缶詰や大きさのある袋は持って行けそうになかった。疲れたソフィアが残念に思いながら休んでいたその時、ジョイが頭を亀裂の間に入れた。

「ジョ、ジョイ!危ない!」

ソフィアは驚いてジョイを止めようとした。床の小さな隙間に頭を入れたジョイは、体をくねくねと動かしながら右腕と左腕を順番にゆっくりと隙間 の中に入れた。すると、上半身が段々隙間の中へくねくねと入っていった。

「ジョイ、大丈夫?」

「…#$%^#」

「え?なんだって?」

「…ぱ…て~」

「ば…て? ぱって… ああ。引っ張って!?」

ソフィアはジョイが怪我することを恐れて、そっとジョイの足をつかんでゆっくりと引っ張った。肩の部分が少し引っかかりそうだったが、ジョイがくねくねと体を動かした。するとジョイの頭が床の隙間から出てきた。ジョイは両手に缶詰を持っていて、口には袋をくわえていた。

「ゲホゲホ〜へへ。成功だよ、ママ! ゲホッ〜」

ホコリだらけの顔でジョイは得意げに笑った。

「ジョイ〜もう、具合も悪いくせに…」

ソフィアはジョイの顔を拭いてあげながら、ジョイが隙間から取り出したものを確認した。 缶詰はケチャップとハム、食用油だった。袋にはパンとチーズが入っていた。ソフィアが見るに状態はかなり良かった。

「ん?う~ん」

ジョイはハンバーガーを一口かじって目をつぶってもぐもぐと味を吟味した。パンは温かいわけでも、グリル焼きのパティが入っているわけでもなかったが、パンの間にハムとチーズを挟んでケチャップをかけただけで、最近食べたもので一番美味しい料理になった。

「これだけ持って行ってもイーデンと何日も食べられそう。」

ソフィアは美味しくハンバーガーを食べているジョイをうれしそうに見つめながら、今まで苦労してきたイーデンのために温かくて美味しい料理を作ってあげようと思った。

「あれ? ちょっと待って…」

ソフィアはイーデンのためにハムが入った暖かいスープにパンを乗せようと思ったが、突然不安な違和感を感じた。ソフィアは急いでパンの状態を確認した。パンの状態はとても良かった。あの日以来、環境の変化でほとんどの地域で砂漠化が進み、湿気がほぼなくなりとても乾燥している。食べ物を見つけにくくなったが、その分腐りにくかった。しかし、それにしてもパンの状態が良すぎた。

「私たち以外に誰かいる! これは、その誰かが隠しておいたものだ!」

ソフィアは不安になって慌てて周りを見渡した。この店に入る時、十分に中を確かめたと思ったが、それでも不安だった。

「ママ、どうしたの? もしかして…」

美味しいハンバーガーを食べて満足していたジョイ も、ソフィアを見て同じく不安な顔になった。ソフィアは返事する代わりに人差し指を口に当て、静かにするよう指示した。そして音を立てずに速やかに食べ物をリュックに入れた。ジョイとシードも状況を把握したのか不安な表情だったが、音を立てずに荷物を入れた。ソフィアはこっそりついてくるよう手で指示をして先立って出口へ向かった。(ああ、思い出に浸るばかりに不注意だった。常に気を付けないといけないのに。今は人が一番怖い世の中だから。)ソフィアは甘かった自分を責めながら、店の裏口を探した。もし、誰かいるなら出入口で待ち伏せして攻撃をしかけてくるかもしれない。ソフィアたちは姿勢を低くして、こっそりと裏口のほうへ向かった。シードを先に行かせたソフィアたちは、慎重に店の裏口から出た。幸い、店の周囲には誰もいないようだった。

「ママ、誰かいたの?見た?」

ジョイがソフィアの後ろにくっついて小さな声で聞いた。

「ううん、でもあの食べ物は持ち主がいるみたい。」

「どうしよう、ママ。食べ物、戻してこなきゃダメ?」

「しーっ、食べ物は手に入れたんだから、こっそりキャンプへ帰りましょう。ついてきて。」

ソフィアは慎重に周りを見回しながら、来た道をたどって帰ることにした。 ジョイは何も言わずにソフィアについていった。

「ジョイ、大丈夫?」

「うん… だい、じょう…」

探査を始めた頃には元気だったジョイが、今は恐怖に震えていた。ジョイは前にママと一緒に略奪者たちに拉致され、かろうじて脱出したことがある。それ以来、人への信頼と言葉を失った。イーデンのおかげでジョイがやっと明るくなれたのに、来るんじゃなかった。ソフィアはジョイと一緒に探査に来たことを後悔した。ソフィアは注意して最初に砂嵐を避けたチケットボックスのほうへ向かった。

「ママ、あそこ……」

ソフィアはジョイが指す方向を見た。そこには月うさぎの記念品ショップがあった。

「ジョイ、今はそんなことしてる場合じゃないの。早く帰りましょう。」

ソフィアは小声で言った。

「違うの。あそこ… あそこ…」

ジョイが深刻な顔で記念品ショップの中の方を指で指した。突然、シードがそこに向かって走っていっ た。

「ワン!ワン!」

「ダメ!シード!」

ジョイがシードの後を追った。

「ジョ、ジョイ!」

ソフィアが悲鳴を上げてジョイを捕まえようとしたが、すでにジョイはシードの後を追って店の中へ入ってしまった後だった。(ダメ、ジョイ。私はあなたがいないと生きていけない。ダメ…)ソフィアは心の中でジョイの身に何も起こらないことを願いながらジョイについて行った。

「グルル~」

ソフィアはシードが姿勢を低くして唸っているのを見た。

「げっ!」

ソフィアはまずジョイを自分の後ろへ隠してよく見てみた。崩れた陳列台の下から、男の足が出ていた。

「ママ、この人死んでるの?」

「ジョイ、見ないで。行こう。早く!」

「マ、ママ… あのおじさん、具合が悪いみたい。」

「ええ、そう。早く行こう。え?え?具合悪い?誰 が?」

「…うう…」

ソフィアは死体… いや、足の主にそっと近づいた。

「う……」

確かにこのうめき声は陳列台の下敷きになっている男から聞こえていた。少し迷ったが、ソフィアはジョイを連れてこの場から離れることにした。

「行こう、ジョイ。」

「…」

「ジョイ、早く!」

「ジョイ、この人が誰かもわからないし、悪い人かもしれないよ。早く行こう。他にも人がいるかもしれない。」

低い声で速くしゃべったソフィアは、ジョイの手を引っ張った。しかし、ジョイは力を入れて抵抗した。

「どうしたの?」

「ジョイがこの前具合悪かったとき、イーデンのおかげでママとジョイ助かった。」

「ジョイ、それは…」

「そして、今はイーデンが具合悪い。ジョイたち、イーデンを助けるために探査に来たんでしょ。」

「…」

「このおじさんも同じ。助けなきゃ。」

「ジョイ…」

ソフィアはジョイの言葉に驚いた。いや、ジョイの変化に驚いた。元々人見知りする子だったし、略奪者に拉致されてからは完全に心を閉ざしてしまった子だった。そんなジョイが、人を助けようと言うなんて。

「ジョイ、手伝って。」

ソフィアは力を込めて陳列台を持ち上げた。ジョイも力を貸してくれた。

「うあああ〜」

体を押し付けていた陳列台が持ち上がると、急に痛みが走ったのか男は声を上げた。陳列台は思ったより重かった。ソフィアの力では到底どかすことができなかった。

「ママ、ちょっと待って。」

ジョイは周りを見渡してから、ゴミ箱を持ってきて陳列台の下に挟んだ。ソフィアは腕を震わしながら、持ち上げていた陳列台をそっと置いた。ゴミ箱によってできたスペースのおかげで、幸いにも男は下敷きにならずに済んだ。

「ううう~」

ソフィアは男を陳列台の下から出すためにゆっくりと動かした。男も自分を助けようとしていることに気づいたのか、体を少しずつ動かして抜けれるようにした。

「あれ、ママ。このおじさん知ってる。」

「え?本当?」

ソフィアを手伝って自分のリュックを男の頭の下に挟んでいたジョイが言った。ソフィアはびっくりして男の顔を確認した。

「ア… アルバート?」

ソフィアは仰天し、床でうめき声をあげている男を見つめた。

「うう…だ…誰?あれ、ソ… ソフィア?… うっ…」

「どういうことですか? アルバート! あなたは家族の所へ戻ったはずでは?なのにどうしてここに…」

アルバートはソフィアが研究していたアダムプロジェクト研究所の所長だった。度重なる失敗と政府支援の中断、そして世界の終末によってノイローゼになり、まともな思考ができなくなってしまった。 ソフィアは、研究の失敗に対する全責任を負わされた時、ジョイと共に脱出した。なのでそれ以来アルバ ートに関しては噂でしか聞いたことがなかった。アルバートは家族と最後を送るというメッセージを残し、一方的に研究所を閉鎖したと聞いた。

「た、助けてくれ。ソフィ… くっ。」

アルバートは激痛に耐えられなかったのか、言葉を最後まで言うことができずに気を失った。

「ママ、どうしよう?」

「助けないと。ジョイがそう言ったでしょ。ママのリュックを持ってきて。」

ソフィアはアルバートの傷を見ながらジョイに言った。足が陳列台に押し潰されたせいて骨折しているが、骨が飛び出していたり命に別状があるようには見えなかった。それよりお腹に刺さっている陳列台の鉄製アングルの欠片の方が問題だった。

「ママ、このおじさん死んじゃうの?血がすごい。」

「死なないよ、ジョイ。ママは凄腕の生物学者だから。」

「ん? 生物学者と医者って、同じなの?」

「え、えっと…動物実験ならたくさん… あ、それはいいから、ジョイ、水をちょうだい。先に傷をきれいにしないと。」

ソフィアは水をかけてお腹の傷を洗った。お腹に刺さっている鉄製アングルの欠片をどう抜けばいいか迷った。もし深く刺さっていたら? お腹の中の臓器が損傷していたら? これを抜いても血が止まらなかったら?いろんな考えがソフィアの頭の中に浮かんだ。もし今がまともな世界なら、当然手を付けずに救急車を呼べばいい。しかし、今は自分とジョイ以外に助けてあげられる人はいない。だからといって、この人をイーデンのキャンプに連れて行くわけにもいかない。ソフィアは倒れている陳列台を見た。折れて短くなっている鉄製アングルの部分と、お腹に刺さっている鉄製アングルの長さを詳しく見比べてみた。(ああ、そんなに深く刺さってはいない。)ソフィアは決断するしかなかった。

「えいっ!」

「ぐはっ!」

ソフィアはお腹に刺さっているアングルを一気に抜き、きれいな布で傷口を圧迫した。そしてリュックからアルコールを取り出して傷口を消毒した。(貴重なアルコールなのに、もったいない…)でも、人を助けるのが先だ。アルバートは血を流しすぎたのか、すぐに気を失った。ソフィアは自分の髪の毛を抜いた。そして服に指しておいた針に通して傷口を縫った。

「ママ、このおじさんもママやパパと一緒に働いてたおじさんなの?」

ソフィアとジョイは、横たわっているアルバートの隣で、たき火をして座っていた。 折れた足には添え木をして固定させておいた。

「そうだよ、ジョイ。ママが働いていた実験室に一 緒にいた方なの。」

「じゃあ、このおじさんはパパがどこにいるのか知ってるのかな?」

「え?ど、どうだろう…」

「パパに会いたい。一緒にいればよかったのに。」

「パパもジョイに会いたがっていると思う。それまでジョイも元気にしていないとね。」

ソフィアはジョイに隠していた。パパが離れて行ったのは、自分が研究に明け暮れてジョイとパパを放置したせいだということを。

ソフィアは寒がるジョイをぎゅっと抱きしめた。砂漠化が進んだ今は、乾燥していて暑い昼と違い、夜はとても寒い。なので、普段は探検を昼の時間帯に終えて帰っていた。しかし、今は…

「うう~」

「アルバート、大丈夫ですか?」

「あ~頭が… ソ、ソフィア! 夢じゃなかったんですね。」

「はい、これを飲んでください。抗生剤です。傷口から感染したら大変ですから。」

ソフィアはジョイの薬を探している途中で発見した抗生剤をアルバートに渡した。

「あ、ありが… ゴホッ、ゴホッ」

アルバートは咳をしながらもなんとか薬を飲みこみ、再び横になった。

「あれ? ジョイ? ジョイじゃないか!」

「こんにちは、おじさん。」

「ゴホッ…あ、ああ。久し…ぶりだね。体は大丈夫かい?」

アルバートは数少ない研究所の保育園の子供たちを覚えていた。アルバートはその子たちのために健康な地球を作りたかった。しかし……

「うん、大丈夫。ところでおじさん、パパどこにいるか知ってる?」

「え? ブラッドのこと?」

アルバートはソフィアの方をちらっと見た。ソフィアは口を固く閉じたまま目を見開いてアルバートを見ていた。

「さ、さあ… おじさんにもわからないな。」

「そう…… わかった。」

その後しばらくソフィアとおしゃべりをしたジョイは、疲れていたのかすぐ深い眠りについた。

「どういうことですか? アルバート? 研究員たちを捨てて、研究所を閉鎖して、家族の所へ帰ったんじゃなかったんですか?」

ジョイが深い眠りについたのを確認してから、ソフィアは冷たい表情で言った。

「…研究所を捨てたのは事実だが、悪いとは思っていない。すでに政府も、研究所も機能を失っていたからな。それに、私の家族も… ぐすっ、私が家についた頃には… もう誰もいなかった。」

「あ…」

「死んではいないだろう。だから、私はこうやってずっとあちこちを回りながら家族を探している。ソフ ィア、君は… 夫のブラッドを探しているわけではないだろう…」

「シーッ!静かに。」

ソフィアが低い声で言った。アルバートはジョイの 方をちらっと見てから口を閉じた。

「私もジョイと一緒に過ごしています。前に略奪者につかまった時は、もう終わりだと思いましたが、ある恩人のおかげでなんとか逃げることができたんです。」

ソフィアは暗い顔で言った。しかし、イーデンのキャンプについては話さなかった。

「なら、私と一緒に行かないか? かつてレイクシティだったところに生存者の集団がいるんだが、そこで 私の家族に似た格好の人が目撃されたらしいんだ。」

「え?いったい誰が所長の家族を見たって言うんですか?」

ソフィアはびっくりした。

「生存者たちや生存者グループに会うたびに聞いてみたのさ。それである男に出会った時に写真を見せた ら、そこで見た気がすると言ったんだ。」

「えっと、その男は信じられる人ですか?」

ソフィアは疑い深い顔で聞いた。

「ソフィア、今の世界で誰かを信じることほど馬鹿なことはない。ただ小さな可能性にすがっているだけなのさ。そうでもしないと、私が存在する理由がない。」

「で、でも…その人が騙しているのだとしたら? ニュープロテクターっていう略奪者たちが、人を拉致して奴隷として売っているということ、知らないんですか?」

「もちろん知っているさ。しかし、そのニュープロテクターに反旗を翻す集団も次々と現れている。あの男は、その組織の一員だそうだ。」

ソフィアは黙ってアルバートの話を聞いていた。しかし、ソフィアはイーデンのキャンプや、彼女が知っていることをアルバートに話すことはできなかった。 誰も信じられない。誰も。

「残念ですが、私たちは行けません。ご存じの通り、ジョイは遠くまで旅ができる体じゃないんで す。」

「ああ、ジョイの病気はまだ治っていないみたいだな。過ごしている環境もよくないと思うが…」

「ごめんなさい、アルバート。詳しく話せませんが、それなりに過ごせる場所はあるんです。ただ食料を探すために時々こうやって外に出ているだけで… あ、この食料はアルバートが隠しておいた物ですよね? すみません、お返しします。」

「いや、いい。さっきの砂嵐で倒れた陳列台を避けられなかった時点で、私はすでに死んでいる命だ。君が私の命を助けてくれた。その食べ物は持っていきなさい。私には余分の食べ物がまだある。」

「食べ物がまだあるんですか?」

ソフィアは目を大きくして聞いた。

「あちこちに分けて隠しておいたんだ。卵は一つのカゴに盛るものではないからな。はっは~」

アルバートは笑おうとしたが、痛みを感じたのかお腹を押さえてうめき声を上げた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。ふう… 口ではそう言ったものの、ジョイには申し訳ないな。あの子たちに何の罪があるというんだ。青い空も見ることができずに… 全部、私たち大人が悪いんだ。」

ソフィアはアルバートの言葉に何も返せなかった。 地球を救うため、ジョイのためと言いながらアダムブロジェクトに没頭し、結局夫とジョイを見捨てたのは ソフィア自身だった。具合が悪いと苦しんでいたジョイが面倒だと思ったのではないだろうか? 自分の研究に何の役にも立たない研究員だった夫を無視していたのではないだろうか?…ソフィアはあれこれ考えこんだ末に結局寝付けず、そのまま朝を迎えた。

「本当に大丈夫ですか?」

ソフィアはジョイ、シードと共にキャンプに戻る準備をしながらアルバートに言った。

「ソフィアこそ大丈夫か?私と共にレイクシティに行くほうがいいと思うが。ジョイのためにも、群れて暮らした方がいい。」

「…いいえ、アルバート。長距離の旅はジョイには無理です。それに、どんな人がいるかもわかりませんし… 気をつけてください。略奪者たちは本当にひどい。 奴らですから。」

ソフィアは固い表情でアルバートに言った。

「そんな足でどうやって行くんですか…」

「大丈夫だ。あの団体の人が来るまでちゃんと隠れていればいい。残念だな。ジョイと二人でどうやってやっていくつもりなのか…」

「ジョイは大丈夫!シードと、イーデンと…」

「ジョイ!もう出発するよ。」

ソフィアは慌ててジョイの話を遮った。ジョイとー 緒にやっと見つけたイーデンのキャンプを、誰かに教えるわけにはいかなかった。

「おじさん、バイバイ。もしジョイのパパに会ったら、ジョイが待ってるって言ってね。」

「あ、ああ… ジョイ。おじさんがブラッドに会ったら、必ず伝えるね。」

アルバートはソフィアの表情を伺いながら笑顔で言った。

「では、アルバート。家族に出会えることを願います。」

「シード、行こう!」

ジョイはシードと一緒に元気に出発した。ソフィアも松葉杖をついて見送るアルバートに背を向け、ジョイとシードの後について行った。(キャンプとジョイは私が絶対守る。誰も信じちゃダメ。イーデン以外は。)ソフィアは決意を固め、空を見上げた。相変わらずどんよりしている空は憂鬱な未来を現わしているようだったが、イーデンのキャンプでは希望を見つけられそうだった。

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