スピンオフ ストーリー3

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まだ夜にもなっていないのに辺りは暗かった。でも雨の降りそうな気配はなかった。 イーデンは早足でソフィアに追いついた。そしてソフィアに聞いた。

「ジョイは大丈夫でしょうか?」

ソフィアはうなずいた。

「はい。深刻な症状ではありません。ただ、もしものためにと思って…」

「ふう…」

イーデンは安堵のため息をついた。お昼を食べてから、ジョイが急に激しい咳をしはじめた。 熱はなく咳だけだったが、イーデンとソフィアは心配で我慢できなかった。キャンプに残っていた薬で処方は済ませた。問題は残っていた薬をすべて使い切ってしまったことだった。 イーデンはジョイの状態が悪くなった時に備えて、薬を探してくると言った。かつて保健所だった建物が近くにあると聞き、ソフィアも一緒に行くと言ってついてきた。 この機会にジョイに合った薬も探したいという。

「あの… ソフィア。」

一緒に歩きながらイーデンが慎重に聞いた。ソフィアは足を止めず振り返った。

「何ですか? イーデン。」

「ひょっとして… この間ボクがジョイと一緒にバッテリーを探しに行ったのがいけなかったのでしょうか?」

ソフィアはきっぱりと首を横に振った。

「もしそうなら、あの日すぐに問題が起きたでしょう。それとは全然関係ありません。」

ソフィアは歯を噛みしめながら言葉を続けた。

「でも、もう二度とあんな事はダメです。」

「ごめんなさい。これからは絶対にあんな事がないように…」

「何を言ってるのですか、イーデン? あなたは悪くありません。ジョイが勝手について行ったのですから。」

「でも… ボクが気づいていれば…」

「イーデンは初めてでしょうけど、私はもう十回もやられてます。ジョイがついてきたら、誰も気づくことはできませんよ。」

驚いたあまり、イーデンは足を止めた。

「そんなにですか?」

「はい。そしてジョイはキャンプに来る前から、ああやってよく体調を崩す子でした。今日は軽い咳だけですから、心配はいりません。」

ソフィアの声は柔らかかった。イーデンはホッとため息をつき、笑顔で返した。

保健所の建物の周辺は辺り一面茶色だった。コンクリートに積もった土ぼこりに雨水が流れ、錆びているように見えた。よくある光景だ。捨てられた建物のほとんどは汚れた土ぼこりに覆われ、濃い茶色をまとっていた。イーデンは建物を見ながらつぶやいた。

「ボクが幼かった頃は、捨てられた建物の多くは緑色だったのに…」

ソフィアはイーデンの独り言を聞いて苦笑いした。

「その時は苔がありましたからね。」

「食べ物が足りなくて、みんな苔をちぎって煮て食たから苔がなくなったっていうのは本当ですか?」

「それは嘘です。苔が生きられないほど汚れがひどくなっただけです。」

イーデンは頷いた。幼い頃、苔を食べてお腹を壊したことがあるとはとても言えなかった。 ソフィアが急に足を止めた。

「そうだ! ジョイが言ってたけど… イーデンもまだ キャンプに来て間もないそうですね。」

「はい。シードもキャンプに来てから会ったんです。」

「本当ですか?その割にはイーデンによくなついているようでしたけど。」

「具合が悪い時に発見して、治療してあげたんです。それで命を助けてもらったと思っているみたいで。」

ソフィアはシードを思い出した。

「本当に賢い犬です。」

シードとジョイが仲良しでよかった。

普段なら、ソフィアがジョイを一人にして薬を探しに来るはずがない。ジョイを置いてきた一番大きな理由は、キャンプの環境だった。マスクなしでも楽に息ができる環境は、キャンプの他にはなかった。 ジョイの薬についてよく知っているのはソフィアだけということもあった。シードの存在も大きかった。子どもを守れるほど賢いとは思わないが、それでもジョイの安静に役立つであろう。 ジョイ一人だけ置いてくるよりはマシだった。

「さあ!急いで、イーデン。ジョイをあまり長く一人にしたくないから。」

「もちろんです、ソフィア。」

イーデンとソフィアは歩く速度を上げた。 汚れた霧がかかっていて、いつもより夜が早く訪れそうな日だった。今建物の中に入っても、ランタンをつけないとロクに見えないだろう。 建物の入り口に入りながらソフィアが言った。

「実は私、失望したんです、イーデン。あなたはキャンプに来てから結構経っているのかと思いまし た。」

「失望ですか?」

「はい。キャンプの環境がとてもいいので、どうやってあんなふうに作ったのか教えてもらいたかったのです。」

「あはは、キャンプはボクが来た時からああなっていましたよ。」

「はい。そうみたいですね。私はあなたが魔法でも使ったのかと思っていました。」

「そんな魔法があったら、ボクは地球で一番重要な人物になっていますよ。」

「そうですね、イーデン。それだけキャンプの環境は不思議だということです。」

イーデンが考えても不思議なキャンプだった。 道を間違えて、さまよっている時に発見した緑の地だ。まさかと思ったが、空気も澄んでいてマスクが必要なかった。生き生きとした草が生える場所。経済不均衡と環境災害で大きな暴動が起こって以来、もう二度と見られないとみんなが思っていたような地域だった。イーデンはキャンプの環境を思い浮かべた。

「ボクが運がよかったんです。」

ランタンを取り出したソフィアが首を横に振った。

「私は運だとは思いません。イーデン、あなたはその資格を持っていますよ。」

「資格、ですか?」

「私が見るに、あなたは他人に迷惑をかけず、 に順応するタイプです。」

考えたイーデンはうなずいた。ソフィアの言ったことは、イーデンが望む生き方だった。

「ソフィアはとどうですか?」

「私もそういう風に生きたいです。ジョイもそいいう人に育てたいし。」

「じゃあ、みんなキャンプに住む資格を得たってことですね。」

同時につけたランタンがお互いの顔を照らした。二人とも笑っていた。 イーデンのランタンが廊下のほうを向いた時、ソフィアの笑顔は苦笑いに変わった。 キャンプで最初の朝を迎えた時、ソフィアは本当にイーデンが魔法使いだと思った。いや、魔法使いよりはるかに上の、神の使いではないかと疑っていた。 それだけキャンプの自然はソフィアにとって衝撃だった。「私が…」

「え?今なんて言いました、ソフィア?」

振り向いたイーデンにソフィアは急いで手を横に振った。

「独り言です。気にしないでください、イーデン。」

振り返ったイーデンの後ろ姿を見て、ソフィアは思った。 キャンプの自然は、自分が夢見ていた世界の初期の姿ととても似ていたと。彼女は研究員だった。環境汚染から自然を救い、復活させようとしたプロ ジェクトの責任者。 ソフィアは首を横に振った。自分は傲慢であったと思いながら。

ソフィアは暗い廊下を見渡した。

「この建物に来たことがあるんですか?」

イーデンはランタンで廊下を照らしながら答えた。

「いいえ、ボクも初めてです。外が暗くてよく見えなかったと思いますが、建物に保健所の看板がかかっていました。」

「なら、他の人たちが先に来て薬を持って行ったかもしれませんね。」

「薬が残っていることを願いましょう、ソフィ ア。」

「ジョイの薬が残っていればいいんだけど…」

ソフィアはランタンを左右にふりながら独り言を言った。心配そうな顔だった。 保健所の内部は陰うつだった。 窓がすべて割れていて光を遮るものがなかったが、 空自体が暗かった。

「ちょっと待ってください、イーデン。」

進もうとしたイーデンは立ち止まった。 ソフィアはイーデンにぴたっとくっついて慎重に周りを見まわした。

「どうしたんですか、ソフィア?」

「罠がないか確かめているんです。」

「罠ですか?」

「略奪者が罠を仕掛けているかもしれないので。」

略奪者という言葉に、イーデンの表情が硬くなった。

「そんな事する必要があるんでしょうか?」

イーデンがそれとなく聞くと、ソフィアは過去の記憶を思い出した。そして思わず身震いした。

ソフィアは息を整えながら言った。

「前に、略奪者が仕掛けた罠を何度か見たんです。」

思い出したくもないほど怖い記憶だった。

「イーデンと同年代だったと思います。私が見た、罠で命を失った男性は。」

「死んだんですか?」

「はい。死にました。ジョイのことがとても好きな優しい人だったのに…」

「略奪者がなんでそんなことを…」

ソフィアはイーデンのほうに振り向いた。彼女の目つきは、まるで過去の光景を見ているかのように怖かった。

「そう、理由がないというのが問題なんです。」

「え?」

「略奪するために仕掛けた罠ではなかったのです。ただ誰かを殺すためだけに仕掛けられたんです。」

「ま、まさか…」

ソフィアはランタンを照らして廊下のあちこちを念 入りに調べた。

「私が見た二つ目の罠も、三つ目の罠も同じでした。設置された罠を確認しに来た略奪者は一人もいませんでした。」

「本当に最低なやつらですね!」

イーデンはぎゅっと握った拳を震わせた。 最後に天井を確認したソフィアが長い吐息をついた。

「ふぅ〜ここには罠はなさそうです。行きましょう、イーデン。」

イーデンはソフィアについていきながら聞いた。

「ソフィアは略奪者に捕まったことがあると言ってましたよね? そいつらの仕業ですか?」

「わかりません。ただ…」

「ただ?」

「私が見た略奪者たちは、みんな同じようなやつらでした。他人の不幸を願う者たちです。」

ソフィアは廊下から一番近くにあるドアの前に立った。 ランタンの先端で取っ手をそっと叩き、ゆっくりと ドアを開ける。 開け放たれたドアの前で、ソフィアはイーデンのほうを見た。「ジョイと一緒にあちこちを回っていた頃に見た略奪者の話をしてあげましょうか?」

イーデンはゆっくりとうなずいた。ソフィアは中へ足を踏み入れながら言った。

「最初は大勢が集まっている場所で過ごしていまし た。仲のいい人も何人かいました。」

廊下は窓からかすかな光が差していたが、中は真っ暗だった。 ランタンなしでは何も見えないほどだった。

「ある日、傷を負った人が現れました。私たちは助けを求めるその人を治療しました。」

「まさか… 略奪者だったのですか?」

「はい。その者は私たちと1年近く一緒に過ごしました。ジョイもその者と何度か遊んでます。」

「略奪者が略奪をせずに、一緒に過ごしたんですか?」

「みんなだまされました。もしジョイも一緒に物資を探しに外へ出ていなかったら… ああ、想像するだけで恐ろしいです。」

イーデンは理解できなかった。

「恐ろしいですね。それにしても、一体なぜ1年間も何もしなかったのでしょう…?」

ソフィアはイーデンの足元をランタンで照らした。 わずかな光の中に浮かんでいるソフィアの顔は歪んでいた。

「30人集まるのを待っていたそうです。私も聞いて知ったことですが。」

「え?それに何の意味があるんですか?」

「一度に多くの人を襲うと、略奪者集団の間で名声を得られると言っていました。」

「そんな。たかがそんな理由で…」

「物資を探しに行って夜遅くなったので外で寝たんです。おかげで私とジョイは生き延びることが出来ました。ですが… 他の28人は…」

イーデンは震えながらランタンを揺らした。

「その悪いやつはどうなりましたか?」

「近くにいた人たちに捕まって処刑されたと聞きました。」

「それは、よかったです。生きていたらまた同じことを繰り返していたでしょう。なんて、恐ろしい!」

「処刑された時も堂々としていたと聞きました。人々を襲った理由もその時言ったそうです。私も聞いて知った事ですが。」

「略奪者は人間じゃありませんね。」

ソフィアは両手で体を包み込みながら、身震いした。

「恐ろしいのは、一緒に過ごしていた時は、その人はいい人だったんです。だますのが上手で。」

「ううう…」

イーデンもソフィアのように身震いした。ソフィアは長いため息をつき、中の部屋の隅にあるキャビネッ トのほうへと歩いていった。

「略奪者に関するもっと怖い話はまだありますが、 それは言いたくありません。」

イーデンは力強くうなずいた。

「うう… ボクももう聞きたくありません。怖いです、ソフィア。」

イーデンとソフィアはキャビネットを見つけるたびにランタンを照らして隅々まで確認した。

「薬はないですね…」

イーデンは首をかしげた。 ソフィアはイーデンが何を考えているのかすぐ気づいた。

「使える物がそのまま残っていますね。誰かが保健所の物を持っていったなら、これを置いていくはずが ないのに。」

歯ブラシ、聴診器、血圧計など、医療機器がかなり多かった。 ジョイの薬を探してすぐにキャンプに戻る必要がある状況でなければ、イーデンは時間をかけてすべてかき集めただろう。

「ちょっと… イーデン。」

他の部屋を探すために廊下へ出ようとするイーデンを、ソフィアが呼び止めた。

「どうしたんですか、ソフィア?」

イーデンはランタンを上げてソフィアの顔をうかが った。彼女の表情はこわばっていた。

「ひょっとして、建物にかかっていた保健所の看板は、見分けが難しいほど古かったですか?」

「いいえ、今日みたいな天気じゃなかったらソフィアもすぐに気づいていたと思います。」

ソフィアの顔が暗くなった。

「急ぎましょう、イーデン。もしかすると… この建物に危険なものがあるかもしれません。」

イーデンはびくっとした。

「危険なものって? 怖いですよ、どうしたんですか、ソフィア?」

「変ではありませんか?人々が保健所の建物を無視して通るわけがないのに、こんなに物が残っているなんて。」

「それはそうですが…」

「用心に越したことはありません。急ぎましょう、 イーデン。」

イーデンはうなずきながら廊下へ出た。 薬を探す速度が速くなった。だからといって適当に見て回っているわけではなかった。

「なかなか見当たりませんね。」

キャビネットを探っていたソフィアが残念がっていた。イーデンはソフィアの手の動きが尋常ではないと思った。 キャビネットの中のファイルや物を確認する速度がとても速かった。

「そっちのキャビネットに書類があったら私にください。確認は私がやります。」

「わかりました、ソフィア。でも… 書類まで確認する必要があるんですか? 薬さえ見つかればいいのでは…」

「保健所だから薬品を管理する書類もあるはずです。薬品リストと保管場所を記録したリストのことです。」

「ああ…」

イーデンは理解した。そして、気になって聞いてみた。

「ひょっとして、ソフィアは病院で働いていましたか?」

ソフィアが書類を確認する手を止めてイーデンを見た。

「え?」

「薬を区別して、必要なものだけ取り出すのに慣れているみたいなので。」

「病院ではないですが、似たような仕事です。いつか機会があったらお話ししましょう。」

「はい、ソフィア。」

イーデンはそれ以上聞かなかった。今は話を聞くよりジョイの薬を探すのが先だった。

ソフィアは横目でちらっとイーデンを見た。何だか申し訳ない気持ちになった。彼女は研究員だった頃に担当していたプロジェクトに関して話すつもりはなかった。 イーデンを信用していないわけではない。むしろソフィアは略奪者たちにやられて以来、こんなに短期間で誰かを信用したことがなかった。問題はキャンプの環境だった。自分が担当していたプロジェクトの初期モデルとあまりにも似た環境。 プロジェクトに関して話をしたら、イーデンはキャンプの整備をソフィアに任せる可能性が高い。それはソフィアの内面に秘められている欲望でもあった。そうなることを望んでいるのだろう。だから言えなかった。プロジェクトは失敗した。ソフィアは自分にその仕事をする資格はないと思った。

ソフィアは、イーデンもキャンプも好きだった。同じ失敗を繰り返してすべてを台無しにしたくはなかった。

「ここには必要な薬がありませんね。他の所へ行きましょうか?」

ソフィアの提案をイーデンはすぐに受け入れた。他の所と言っても、すぐ隣にある部屋だった。

「ここは救急患者の病室だったのでしょう。」

ソフィアが内部をランタンで照らしながら言った。特に調べる必要がありそうな物はなかった。部屋の 中にはベッド以外何もなかった。 イーデンはベッドの上を手のひらで払った。カビの臭いとともに、ランタンの光に照らされたホコリが飛んだ。

「次の部屋に行きましょうか。薬はなさそうです。」

イーデンはソフィアのほうを振り向いた。彼女は持っていたランタンを下ろしながらうなずいた。 ソフィアが先に出るまでイーデンは黙って立っていた。いくつかのベッドの上に置かれている毛布を持って帰ろうか迷ったからである。その時、ランタンの光が届かないベッドの下で何かが動いた。影のように黒い手だった。うねうねと動く指がイーデンのふくらはぎへと近づ いた。

「今はジョイの薬が先だから、毛布は次来た時に持って帰ろう。」

イーデンは廊下に出るソフィアについて行った。間一髪で黒い手はイーデンのふくらはぎに届かず、空振りした。

「ここも病室なのでしょうか?」

イーデンは部屋の入り口でランタンを持ち上げた。 二段ベッドが複数ある部屋だった。中に入ってきたソフィアは周りを確認し、首を横に振った。

「いいえ、ここは職員の寮として使われていたようです。普通1階に寮を設けることは少ないのに。」

ソフィアは部屋の片方にあるドアに興味を持った。構造からしてトイレのようだった。キィ~やはりトイレだった。ヒンジが錆びついているのか、ソフィアがドアを開ける時に耳障りな音がした。 ソフィアは洗面台の蛇口をひねった。当然だが水は出なかった。

「次の部屋へ行きましょうか?」

イーデンが隅に置かれたキャビネットの中をすべて確認して聞いた。空っぽだったので確認するまでもなかった。

「そうしましょう。」

ソフィアは鏡を見ながら答えた。鏡はランタンの光を受けたソフィアの顔をうっすらと映していた。 突然鏡の中のソフィアが冷たい目で睨みつけ、微笑みを浮かべた。それを見たソフィアは目をこすってトイレの外へ出た。

「ランタンの光のせいで目がかすんでるみたいです、イーデン。」

次の部屋へ入ると、イーデンとソフィアは長いため息をついた。 いくつかのキャビネットが並んでいて、床には書類が散らばっている場所だった。 すべて調べるにはかなり時間がかかりそうだった。ソフィアは歪んだデスクとオフィスチェアを見て言った。

「ここは集中して調べてみましょう。デスクワークをしていた場所のようですが、錠剤も何個かあります。」

「調剤室でしょうか?」

「調剤室ではありません。薬が少なすぎるので。」

ソフィアは腰をかがめて床のあちこちにある物を確認した。イーデンが近づくと、ソフィアは続けて言った。

「職員たちが患者にあげるために集めていた薬を捨てて、ここを離れたみたいです。」

イーデンは思わず手を叩いた。

「名探偵みたいです、ソフィア!」

「言ってみただけです。違うかも知れません。」

「一理あると思いましたよ。あ! こうしてる場合じゃないですね。これから何をすればいいでしょうか?」

イーデンがいたずらにランタンを揺らした。声も明るかった。できるだけ愉快でにぎやかな雰囲気を作りたかった。 闇の中で口を閉じたまま作業をするのは、イーデンの性に合わなかった。 ソフィアは少し悩んでからイーデンに頼んだ。

「床に落ちている薬を集めてくれますか。その中にジョイの薬があるか確認してみます。」

「了解です、ソフィア!」

ソフィアは耳を押さえた。イーデンの返事は思ったより大きかった。

「なぜそんなに大声を?」

「ただそうしたかったからですよ、ソフィア。」

ソフィアは笑顔で返した。愉快なイーデンが嫌いではなかった。 ランタンの光を照らして確認した床の書類は、ほとんど処方箋だった。 ソフィアはその中にジョイの病気と類似した症状が ジョイに効く薬があるはずだ。記録されていないか確認した。 もしそういう記録があれば、きっと建物のどこかに

「ソフィア!薬を全部集めました!」

イーデンは両手いっぱい集めた薬を机の上にばら撒いた。 ソフィアはイーデンに軽くお辞儀をして微笑んだ。

「ありがとう、イーデン。すぐ確認しますね。」

再び床の書類へ視線を映したソフィアは眉をひそめた。ついさっきまで読んでいた処方箋に、赤い手のひらの跡が鮮明に残っていた。イーデンのほうを見る前まではなかった跡だ。ソフィアは腰を起こしてイーデンのほうへ歩いて行った。

「イーデンは… 幽霊を信じていますか?」

イーデンの目が丸くなった。

「な、なんで… そんなことを聞くんですか?」

「うーん。」

ソフィアは少し悩んでからイーデンの顔を見ながら聞いた。

「私がソフィアに見えますか?」

「や、やや、やめてください、ソフィア!」

イーデンは泣きそうな顔になった。ソフィアはうなずきながら微かな笑みを浮かべた。

「はい。今のでよくわかりました。」

「何がわかったんですか?」

「秘密です。」

ソフィアは机の上にある薬を一通り調べた。残念ながらジョイの薬は見当たらなかった。

「ここにはありません。次へ行きましょう、イーデン。」

イーデンは返事をしなかった。ランタンの光が照らすイーデンの顔には不満が表れていた。ソフィアは笑いをこらえながら聞いた。

「もしかして秘密って言われて機嫌が悪くなりましたか?」

「そうではありません。」

「じゃあ、なんでそんな顔してるんですか。」

イーデンは少しためらってから聞いた。

「ソフィア、なんですよね?」

「ブッ!」

ソフィアは笑いを必至にこらえた。彼女は強くうなずいた。

「もちろんですよ、イーデン。さあ、早く次の部屋へ行きましょう。」

いつの間にか1階の廊下にある最後の部屋だった。入り口のすぐ隣は階段だ。 ソフィアは中に入る前に内部をランタンで照らし た。 彼女は浮かない顔をした。ざっと見たところ、ジョイの薬がありそうな部屋ではなかった。

「早く調べましょう。」

診療する場所なのか、医療器具がいくつか見えた。イーデンはその中から何個かを取ってリュックサックに入れた。

「やはりありませんね。出ましょう。」

「はい、ソフィア。」

先に廊下に出たソフィアはランタンで周りを確かめた。

「ここが最後の部屋でしたね? 1階にはないみたい です。あとは2階を…」

突然ソフィアが黙り込んだ。

「どうしたんですか、ソフィア?」

ソフィアに続いて部屋を出ようとしたイーデンが首を傾げた。ソフィアが慌てて中へ戻ってきたせいで、 イーデンも何歩か後ずさりした。 イーデンは呆けた顔で聞いた。

「なんで戻るんですか?」

「シッ!」

ソフィアが抱きつくようにイーデンにくっついた。ランタンの光が照らす彼女の顔は真っ青だった。

「この建物に誰かいます。」

「えっ!?」

驚いたイーデンは思わず声を上げた。

「ボ、ボクたち以外にですか? 何か見たんですか、ソフィア?」

ソフィアは入り口付近の壁にぴったりと張り付いた。彼女が開いているドアからこっそり廊下の様子をうかがう間、イーデンは呼吸する音すら立てなかった。

「私、今見たんです。反対側の階段の角にちらっと見えた途端、すぐ消えました。」

イーデンはランタンを消した。

「しまった!」

ソフィアも急いでランタンを消した。驚きのあまり、ランタンを消すことを忘れていた。

「ランタンを消すのを忘れていました。光のせいであっちは私たちのことに気づいたでしょうか?」

「多分そうでしょうね。」

「ランタンをつけましょう。もう遅いです。」

ランタンをつけた二人は慎重に廊下へ出た。 イーデンはソフィアが誰かを見たと言った反対側の階段をにらみながら言った。

「まさか略奪者でしょうか?」

ソフィアは心臓が凍りつくような気がした。過去の略奪者の話をするだけでも手が震えるのに、もし今この瞬間、同じ建物の中にいるとしたら? 恐ろしくて想像もできなかった。

ソフィアはつばを飲み込んだ。

「違うと思います。略奪者なら隠れずに私たちを攻撃していたでしょう。」

「そうですよね。あいつらは人を見るとすぐに襲いかかりますから。」

ソフィアが驚いてイーデンのほうを振り向いた。

「イーデンも略奪者に会ったことがあるんですか?」

「話してませんでしたっけ?」

「してません。」

イーデンは略奪者に会った過去の事を思い出した。

「今朝リアムの事は話しましたよね? ボクはリアムのおかげで避けることができたんです。」

イーデンの声は憂鬱だった。 リアムは過去にイーデンの面倒を見てくれた人だった。また、イーデンに数多くのサバイバル術を教えてくれた人でもある。略奪者に捕まりそうになった事件さえなかったら、 イーデンは今もリアムと一緒にいただろう。

「ボクのせいでリアムは略奪者に捕まりました。」

「あ…」

ソフィアは何と言えばいいか迷った。 話を聞いたとき、彼女は思った。イーデンにとって リアムという存在は、親も同然だったんだろうと。ソフィアは優しくイーデンの肩を叩いた。

「きっと無事ですよ。」

「ボクもそう思います。」

イーデンが微笑みながら答えたが、すぐに慌てた。

「こうしている場合じゃありません、ソフィア!とにかくこの保健所の中に誰かいるってことじゃないですか!」

ソフィアは心を落ち着かせた。

「略奪者でなければ大丈夫です。私が見たのは一人でしたから。」

「正体は一体なんなのでしょう? 昔からこの保健所に住んでいる人なのでしょうか?」

「さあ…」

ソフィアは手先でランタンを叩きながら考えをまとめた。答えが出るまで長くはかからなかった。

「住人ではないと思います。ここに住んでいる人だとしても、そう長くいたわけではないでしょう。」

「なぜそう思うんですか?」

「最初に調べた場所… 覚えてませんか? 歯ブラシみたいな物がそのまま置いてありました。」

イーデンは手を叩いた。

「今度は本当です! ソフィア、本物の探偵みたいでした!」

ソフィアはあきれて失笑した。

「こんな時に冗談だなんて、イーデンもすごいですね。」

ソフィアはイーデンと会話しながら違和感を感じた。略奪者でなくてもこの建物の中に誰かが存在するなら、いつもの自分だったらすぐに逃げ出していただろう。 どうしてこんなに落ち着いていられるのか、理解できなかった。

ソフィアは理由が何なのか考えた。ジョイが側にいないからかも知れない。ソフィアにとって一番怖いのはジョイの危険だから。もしくはイーデンが側にいるからかも知れない。イーデンは不思議と人の心を落ち着かせる才能があった。

「それに、えっと… 思い出せそうで思い出せない…」

「何のことですか、ソフィア?」

ソフィアは首を横に振った。

「何でもありません、イーデン。さあ、どうしましょうか。」

「ソフィアの推理で正体を明かすことはできないんですか?」

「また冗談ですか?」

「真面目です…」

ソフィアはいたずらにイーデンの胸を叩いては反対の階段のほうを見た。

「姿を現わす気はないみたいですね。」

ソフィアの言葉にイーデンは同意した。

「はい。むしろボクたちのことを避けているみたいです。」

「こちらから行きましょうか?あの階段のほうへ。」

イーデンは迷った末に首を横に振った。

「何でもありません、イーデン。さあ、どうしましょうか。」

「ソフィアの推理で正体を明かすことはできないんですか?」

「また冗談ですか?」

「真面目です…」

ソフィアはいたずらにイーデンの胸を叩いては反対の階段のほうを見た。

「姿を現わす気はないみたいですね。」

ソフィアの言葉にイーデンは同意した。

「はい。むしろボクたちのことを避けているみたいです。」

「こちらから行きましょうか? あの階段のほうへ。」

イーデンは迷った末に首を横に振った。

「いいえ、今はジョイの薬を探すほうがいいと思います。」

ソフィアもイーデンの意見に同意した。その一方で、心の中の違和感を変に思った。自分はなぜ逃げないのか。

反対側の階段を無視し、二人は近くにある階段を選択した。 目的地は2階だった。 階段を上がる途中、イーデンがそれとなく聞いた。

「もしかして見間違いだったんじゃないでしょうか?」

何も言わずにいたソフィアが急に首を傾げた。

「そうかしら?」

「うわーん、ソフィア! はっきり言ってくださいよ!」

「ごめんなさい、イーデン。本当に私の見間違いかも知れません。」

イーデンの顔がとても明るくなった。やはり不安だったようだ。

「ポジティブに考えましょう。きっとソフィアの見間違いです。割れた窓から風に乗って何かが飛んできたとか。」

ソフィアは大きく伸びをした。

「ふう~私の見間違いじゃなくても、あっちから出てこないっていうことは、私たちを怖がっているとい うことです。特に問題はないでしょう。」

「そうです、ソフィア。お互い危害を加える気がないなら何の問題もありません。」

「早く薬を探しましょう。」

「はい! ソフィアのおかげで手に入った常備薬も結構あります。」

ソフィアとイーデンは2階に着いた。1階の構造と特に差はなかった。

「貴重な薬でもないのに、なかなか見当たりませんね。」

2階の薬剤室でソフィアが床に散らばっている物を調べながら不満げに言った。

イーデンは薬剤室をソフィアに任せ、他の部屋を探そうとした。 しかし、2階の廊下に出た途端、再び薬剤室に戻った。

「ソ、ソフィア?」

「どうしたんですか、イーデン? 私は書類を何枚か確認してから後を追います。」

「そ、そうじゃなくて… ボクも見たんです。」

ソフィアのランタンの光がイーデンのほうを向いた。

「見たって、何をですか?」

「ボクたちが上ってきた階段のほうで、誰かがきょろきょろしていました。ボクと目が合った気がします。」

ソフィアは眉をひそめた。 相手が隠れずに探索しているということは、奇襲をかけてくる可能性もあるということだ。

「どうやらここから出た方がよさそうです、イーデン。」

「そ、そうしましょうか?」

「はい。もしかしたら、この保健所にある物に誰も 触れていない理由かも知れません。」

「うああ! 早く出ましょう、ソフィア! ジョイの薬を探すのはまた今度にしましょう。」

ソフィアは素早く立ち上がった。そしてすぐへたり込んだ。 イーデンが驚いて聞いた。

「どうしたんですか、ソフィア? 腰が抜けたのならボクが肩を貸します。」

「いいえ、そうじゃなくて…」

ソフィアは床に散らばっているファイルのうち一つを取った。

「あ!」

ソフィアの叫びにイーデンはびっくりした。

「な… 何ですか、ソフィア!?」

「これです、イーデン! すべての薬のリストと保管場所が書いてあるファイル!」

「じゃあ、ジョイの薬の場所もわかるのですね?」

「はい。でも…大丈夫でしょうか?」

ソフィアは廊下の方に視線を送った。イーデンは少し迷ってから力強く拳を握った。

「慎重に行きましょう。ボクたちをこっそり見てる っていうことは、あっちも勝つ自信がないからかもしれません。」

「でも…」

ソフィアが戸惑うと、イーデンは息をたっぷり吸い込んだ。そして意外な行動をとった。

「ボクたちはあなたに危害を加えるつもりはありません! すぐここを離れるから放っておいてください!」

保健所全体に響くほどの大声だった。ソフィアは呆けた顔でイーデンを見つめた。

「どういうつもりですか、イーデン? 今いったい何を…」

「ボクたちが怖いからああしてるのかもしれません。」

「この状況であの怪しい人に配慮したんですか?」

「それもありますけど、こうすればボクの心も少し楽になるかと思って。」

ソフィアは首を横に振った。

「まあいいです。場所はわかりました。」

「えっ! わかったんですか?どこですか?」

「地下2階の薬品保管所です。」

イーデンはびくっとした。

「地下?この建物って地下2階まであるんですか?」

「はい。何か問題でも、イーデン?」

「い、いえ。そうじゃなくて… こんな薄暗い建物の地下に降りるの怖くないですか?」

ソフィアは目をパチパチさせた。 過去に研究員だった彼女は地下の実験室に住んでいたも同然だったので、イーデンの言葉が理解できなかった。

「うーん…理由はわかりませんが、イーデンが怖いというなら… 探すのはまた今度にします?」

「いいえ、言ってみただけです。行きましょう、ソフィア!」

イーデンは覚悟を決めたかのように拳をぎゅっと握った。先を歩いていたイーデンは、下の階へ降りる階段のところに来た途端、すぐに身を引き返した。そしてソフィアのところへ走ってきた。

「ソフィア! 見ました。あの人も降りていきました よ!」

「本当ですか?」

「はい! でも何か変な感じでした。」

不安になったソフィアはイーデンの手をぎゅっと握った。

「変? それはどういう意味ですか、イーデン?」

「するする。」

「え?」

「歩くっていうより、するする行く感じ?」

「イーデン、それはどういう意味ですか?」

イーデンは泣きそうになった。

「ボクたち、本当に地下2階まで行かなきゃダメですか?」

「やめておきますか?」

少し迷ったイーデンが頭を下げた。

「いいえ、行きましょう。ジョイの薬を手に入れないと。」

地下2階へ行く途中もイーデンはソフィアの側にびたりとくっついてそわそわしていた。 ソフィアもそわそわしていた。イーデンのランタン の光が何度もちらついて目がくらくらした。

「イーデン?あともう少しですから落ち着いてください。」

「ううう… すぐ見つけられますよね? ジョイの薬」

「はい。どのキャビネットにあるのかまで詳しく書いてありました。」

薬品保管所を探すのは難しくなかった。問題はその次だった。

「うーん… 困りましたね。」

ソフィアは倒れているキャビネットを見ながら頭を掻いた。 あちこちメチャクチャで簡単に探せそうになかった。

「探してダメなら全部持っていっちゃいましょう、 イーデン。」

「はい。」

イーデンはソフィアが動きやすいようにランタンを受け取った。 2個のランタンの光がソフィアの周りの照らした。彼女は床に散らばっている薬を素早く調べた。

「これは抗生剤だから持っていきましょう。あ!これは解熱剤ですね。これだけでも来た甲斐があります。」

「ジョイの薬はまだ見つからないですか?」

「うーん…」

ソフィアはあせった。なかなかジョイの薬が見当たらなかった。 その時、ほぼ倒れているキャビネットの下で何かが動いているのが見えた。

「あっ?」

ぴくっとするソフィアの前に何かがそっと近づいてきた。

「見つけました!」

ソフィアが薬袋を持って叫んだ。まるで万歳をしているかのような姿勢だった。 イーデンは嬉しがってランタンを揺らした。

「こんな多くの薬の中でよく見つけましたね!すごいです、ソフィア!」

ソフィアはジョイの薬をポケットに入れながらニコッとした。

「キャビネットの下から誰かが押してくれました。私たちがさっき見たのは略奪者じゃなくて幽霊だったみたいです。本当によかったですね。」

イーデンが笑ったまま固まった。

「略奪者じゃなくて、誰ですって?」

「幽霊ですよ。どうやってわかったのか、ジョイの薬を正確に見つけてくれましたよ。」

イーデンは後ずさりして薬品保管所から抜け出した。

「何してるんですか、ソフィア! 早く出てきてください!」

わけもわからず立っていたソフィアが慌てて走ってきた。イーデンが先に階段へ走って行ったからだ。

「待ってください、イーデン!」

ソフィアがぼやくように呼ぶと、階段を半分以上先に登っていたイーデンが叫んだ。

「冗談って言ってください!」

ソフィアはボーッとイーデンを見つめた。

「え?」

「幽霊、いなかったですよね?」

「え?」

「ジョイの薬をくれたって幽霊のことですよ! そ れ、冗談ですよね? 幽霊なんていなかった、そうです よね! ソフィア!」

何も言わずにいたソフィアが急に笑い出した。

「ああ、も、もちろんですよ! 当然です! イーデン! この世に幽霊なんているわけないですよ。」

イーデンはやっと足を止めることができた。ソフィアは何が面白いのか笑い続けた。

「笑わないでください、ソフィア。」

ぶつぶつ言うイーデンにソフィアは何度も謝った。

「イーデンは幽霊が怖いんですね?」

「この世に幽霊が怖くない人なんていませんよ。ボクは略奪者より幽霊の方が怖いんです。」

「なんと、ご冗談を。」

「ソフィアは幽霊が怖くないんですか?」

「私は略奪者が世界で一番怖いです。」

二人は建物の外へ出るまでしゃべり続けた。ジョイの薬を手に入れたせいか、二人とも楽しく笑った。 歩いている時、ソフィアがつぶやいた。

「やっとわかった。」

「何をですか?」

「ああ、ただの独り言です。」

ソフィアはぶっと笑った。違和感の正体。怪しい者を見ても建物の外へ逃げなかった理由がようやくわかった。自分が見た怪しい存在は人ではなく、幽霊に過ぎなかったのだ。

外へ出るとソフィアが時計を見ながら言った。

「遅くなっちゃいましたね。ジョイも心配だし、少し急いで戻ってもいいですか?」

「もちろんです、ソフィア。」

イーデンは先を歩くソフィアの速度に合わせて早く歩いた。歩いている途中、イーデンは疑問が湧いた。あっき見たあの者は、なぜ保健所にいたのだろう? イーデンはこっそり保健所の建物のほうを振り向い た。

「げっ!」

思わず声が出てしまった。2階の割れた窓に誰かが見えた。その人はイーデン と目が合うと、熱心に手を振って挨拶をした。 イーデンは一安心し、相手に同じく手を振って挨拶 を返した。 イーデンは思った。やっぱりボクたちが怖くて隠れ ていたんだ。いい人みたいだ。

「あれ?」

振っていたイーデンの手が止まった。イーデンの顔が一瞬で真っ青になった。

「うわあああ!」

ソフィアは一瞬で自分を追い越して走っていくイー デンを見て叫んだ。

「びくりした。どうしたんですか、イーデン?」

「は、早く行きましょう! ソフィア!早く!」

イーデンは必死に走った。保健所の建物が霧に隠れて見えなくなるまで。しばらくは夢に出てきそうだ。2階の窓から手を振っていたあの人の姿が。あの人の上半身は、窓の内側ではなく外側にあったのだ。

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